・・・僕も叔父があの時賊軍に加わって、討死をしたから、そんな興味で少しは事実の穿鑿をやって見た事がある。君はどう云う史料に従って、研究されるか、知らないが、あの戦争については随分誤伝が沢山あって、しかもその誤伝がまた立派に正確な史料で通っています・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・この答の当否を穿鑿する必要は、暫くない。ともかくも答を得たと云う事が、それだけですでに自分を満足させてくれるからである。「さまよえる猶太人」に関して、自分の疑問に対する答を、東西の古文書の中に発見した人があれば、自分は切に、その人が自分・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・あえて穿鑿をなすにはあらず、一部の妄誕のために異霊を傷けんことを恐るればなり。 また、事の疑うべきなしといえども、その怪の、ひとり風の冷き、人の暗き、遠野郷にのみ権威ありて、その威の都会に及び難きものあるもまた妙なり。山男に生捕られて、・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・何も穿鑿をするのではないけれど、実は日数の少ないのに、汽車の遊びを貪った旅行で、行途は上野から高崎、妙義山を見つつ、横川、熊の平、浅間を眺め、軽井沢、追分をすぎ、篠の井線に乗り替えて、姨捨田毎を窓から覗いて、泊りはそこで松本が予定であった。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ が、考証はマダ僅に足を踏掛けたばかりであっても、その博覧癖と穿鑿癖とが他日の大成を十分約束するに足るものがあった。『帝諡考』の如き立派な大著を貢献されたのは鴎外の偉大な業績の一つである。考証家の極めて少ない、また考証の極めて幼稚な日本・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・が、根が昔の戯作者系統であったから、人生問題や社会問題を文人には無用な野暮臭い穿鑿と思っていた。露骨にいうと、こういうマジメな問題に興味を持つだけの根柢を持たなかった。が、不思議に新らしい傾向を直覚する明敏な頭を持っていて、魯文門下の「江東・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・読者、不要の穿鑿私は、煮えくりかえる追憶からさめて、江の島へ下車した。 風の勁い日で、百人ほどの兵士が江の島へ通ずる橋のたもとに、むらがって坐り、ひとしく弁当をたべていた。こんなにたくさんの人のまえで海へ身を躍らせたならば、ただいたずら・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ おまえみたいな下劣な穿鑿好きがいるから、私まで、むきになって、こんな無智な愚かな弁明を、まじめな顔して言わなければならなくなるのだ。人の話は、だまって聞いているがよい。私は、嘘をついているのでは無いから。 恥辱を告白している、とまえに・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ドリスの方は折々人に顔を見せないと、人がどうしたかと思って、疑って穿鑿をし始めようものなら、どんなまずい事になるかも知れない。詐偽の全体が発覚すまいものでもない。そこで芝居へ稽古に行く。買物に出る。デルビイの店へも、人に怪まれない位に、ちょ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・これについてそれぞれ博学な考証家の穿鑿をまつ事ができれば幸いである。しかし私がここでこういう未熟で大胆な所説をのべることのおもな動機は、そういう学問的のものではなく、むしろただ一個の俳人としてのまた鑑賞家としての「未来の連句」への予想であり・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫