・・・現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿しているのが大分あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総ての知識をもっ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・妓楼酒店の帰りにいささかの土産を携えて子供を悦ばしめんとするも、子供はその至情に感ずるよりも、かえって土産の出処を内心に穿鑿することあるべし。この他なお細かに吟味せば、蓄妾淫奔・遊冶放蕩、口にいい紙に記すに忍びざるの事情あらん。この一家の醜・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ 偶然の中に於て自然を穿鑿し種々の中に於て一致を穿鑿するは、性質の需要とて人間にはなくて叶わぬものなり。穿鑿といえど為方に両様あり。一は智識を以て理会する学問上の穿鑿、一は感情を以て感得する美術上の穿鑿是なり。 智識は素と感情の変形・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・これはちと穿鑿に過ぎた推論である。しかしこんなのが女にありそうな心理状態だと思うと、特別の面白みがある。 ピエエル・オオビュルナンはわざとらしく口の内でつぶやいた。「ああ。そんな事はどうでもいいのだ。十六年前の事を思ってみると、あのマド・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・それはあり得ることとして、その男がそれほどクドクドとこまかく、根ほり葉ほりその性的刺戟をめぐって心理穿鑿をやる。果してそれはボルシェヴィキらしい生活態度と云えようか。 息子のピオニェールが父親に対して批判をもっている。だが、その描写の自・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ かかる有様で、プロレタリア文学運動の退潮後、文学論議は混迷しつづけて益々思弁の瑣末末技の穿鑿に走った。昭和九年の春創刊された『文学界』はこれらの夥しい合言葉の噴泉の如き観を呈し、河上、小林、保田与重郎の諸氏の歴史の方向からはなれた文学・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ この辺一帯は革命後になってはじめて穿鑿された油田だそうだ。「ウラジミル・イリイッチ油田」と呼ばれている。バクーの市から一番近い。掘りはじめは不成績であったので放棄する意見が技術委員会の大半を占めた、その時、数人の若い連中ががんばって遂・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・護法堂の布袋、囲りに唐児が遊れて居る巨大な金色の布袋なのだが、其が彫塑であるという専門的穿鑿をおいても、この位心持よい布袋を私は初めて見た。布袋というものに人格化された福々しさが、厭味なく、春風駘蕩と表現されて居る。云うに云われぬ楽しさ面白・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・に至るまでに書かれた大小百余篇の作品の箇々についての穿鑿は、更に適当な研究者の努力に俟たなければなるまい。何故なら、「人間喜劇」の登場人物とそのモデルと、人物再出をしらべるだけでも、バルザックの場合では、普通の作家の全生涯の研究以上の労力を・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ これは非常に有益な、興味ある穿鑿だ。何故なら、中條百合子がこの間うち『改造』にソヴェト同盟の紹介小説「ズラかった信吉」を書き、未完だが、やはり唯物弁証法的方法の点で失敗している。筆者は、ソヴェト同盟の大建設が世界プロレタリアート・農民・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
出典:青空文庫