・・・思い入って急所を突くつもりらしく質問をしかけている父は、しばしば背負い投げを食わされた形で、それでも念を押すように、「はあそうですか。それではこの件はこれでいいのですな」 と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示した・・・ 有島武郎 「親子」
・・・さまでにして、手に入れる餌食だ。突くとなれば会釈はない。骨までしゃぶるわ。餌食の無慙さ、いや、またその骨の肉汁の旨さはよ。一の烏 (聞く半ばより、じろじろと酔臥おふた、お二どの。二の烏 あい。三の烏 あい、と吐す、魔ものめが、ふ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・早瀬 これ、飛んでもない、お前は、血相変えて、勿体ない、意地で先生に楯を突く気か。俺がさせない。待て、落着いて聞けと云うに!――死んでも構わないとおっしゃったのは、先生だけれど、……お前と切れる、女を棄てます、と誓ったのは、この俺だが、・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・また厨裡で心太を突くような跳梁権を獲得していた、檀越夫人の嫡女がここに居るのである。 栗柿を剥く、庖丁、小刀、そんなものを借りるのに手間ひまはかからない。 大剪刀が、あたかも蝙蝠の骨のように飛んでいた。 取って構えて、ちと勝手は・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ある夜、男は、いつものように静かな寝静まった町の往来を歩いていると、雲突くばかりの大男が、あちらからのそりのそりと歩いてきた。見上げると二、三丈もあるかと思うような大男である。「おまえはだれか?」と、妙な男は聞いた。「おれは電信柱だ・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・平手将棋では第一手に、角道をあけるか、飛車の頭の歩を突くかの二つの手しかない。これが定跡だ。誰がさしてもこうだ。名人がさしてもヘボがさしても、この二手しかない。端の歩を突くのは手のない時か、序盤の駒組が一応完成しかけた時か、相手の手をうかが・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・の競走は穴が出そうだと、厩舎のニュースを訊き廻ったが、訊く度に違う馬を教えられて迷いに迷い、挽馬場と馬券の売場の間をうろうろ行ったり来たりして半泣きになったあげく、血走った眼を閉じて鉛筆の先で出馬表を突くと、七番に当ったのでラッキーセブンだ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・さきには右の端を九四歩と突き、こんどは左の端を一四歩と突く。九四歩は最初に蛸を食った度胸である。一四歩はその蛸の毒を知りつつ敢て再び食った度胸である。無論、後者の方が多くの自信を要する。なんという底ぬけの自信かと、私は驚いた。 けれども・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ 豹吉のは氷河の氷に通じ、意表の表に通ずる、といえば洒落になるが、彼は氷のような冷やかな魂を持ち、つねにひとびとの意表を突くことにのみ、唯一の生甲斐を感じている、風変りな少年だった。 自分はいかなることにも驚かぬが、つねに人を驚かす・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・『敵を組み伏せた時、左でこう敵を押えて右でこうぬいて、』かれの身振りはさすがに勇ましかった、『こう突くのだ。』そしてかれは『あはははは』と笑った。すべてその挙動がいかにもそわそわしていた。 自分はかれこれと話して見たが、何一つ身にしみて・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
出典:青空文庫