・・・敵の赤児を抱いた樋口大尉が、突撃を指揮する所もあった。大勢の客はその画の中に、たまたま日章旗が現れなぞすると、必ず盛な喝采を送った。中には「帝国万歳」と、頓狂な声を出すものもあった。しかし実戦に臨んで来た牧野は、そう云う連中とは没交渉に、た・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・その光に透かして見れば、これは頭部銃創のために、突撃の最中発狂したらしい、堀尾一等卒その人だった。 二 間牒 明治三十八年三月五日の午前、当時全勝集に駐屯していた、A騎兵旅団の参謀は、薄暗い司令部の一室に、二人の支那・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにやってくる。そういう風に見える。しかし、なかには、大褂児の下に絹の靴下を、二三十足もかくしていた・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 初年兵の後藤が束ねた枯木を放り出して、頭をあげるか、あげないうちに、犬の群は突撃を敢行する歩兵部隊のように三人をめがけて吠えついてきた。浜田は、すぐ銃を取った。川井と、後藤とは帯剣を抜いた。小牛のように大きい、そして闘争的な蒙古犬は、・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・兵卒は無い力まで搾って遮二無二にロシア人をめがけて突撃した。――ロシア人を殺しに行くか、自分が×××るか、その二つしか彼等には道はないのだ! けれども、そのため、彼等の疲労は、一層はげしくなったばかりだった。 大隊長は、兵卒を橇にして乗・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・「看護卒!」 どっかで誰れかが叫んだ。しかし、それも何故であるか分らなかった。そして、叫声は後方へ去ってしまった。「突撃! 突撃ッ!」 小さい溝をとび越したところで少尉は尻もちをついて、軍刀をやたらに振りまわして叫んでいた。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・いまのうちに一つ、その酒なるものを飲んで置こう、何事も、経験してみなくては損である、実行しよう、という変な如何にも小人のもの欲しげな精神から、配給の酒もとにかくいただく、ビヤホオルというところへも一度突撃して、もまれてみたい、何事にも負けて・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私は三度も点呼を受けさせられ、そのたんびに竹槍突撃の猛訓練などがあり、暁天動員だの何だの、そのひまひまに小説を書いて発表すると、それが情報局に、にらまれているとかいうデマが飛んで、昭和十八年に「右大臣実朝」という三百枚の小説を発表したら、「・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・砲煙弾雨の中に身命を賭して敵の陣営に突撃するのもたしかに貴い日本魂であるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるのもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相として期待してしかるべきことではない・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・一方であの荒鷲のやうなニイチェは、もつと勇敢に正面から突撃して行き、彼の師匠が憎悪して居たところの、すべての Homo と現象に対して復讐した。言はばニイチェは、師匠の仇敵を討つた勇士のやうなものである。文部省の教科書でも、ニイチェは大に賞・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫