・・・彼らはその突角まで行ってまた立停った。遙か下の方からは、うざうざするほど繁り合った濶葉樹林に風の這入る音の外に、シリベシ河のかすかな水の音だけが聞こえていた。「聞いて見ずに」 妻は寒さに身をふるわしながらこううめいた。「汝聞いて・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火を持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者がこの世に最後の執着を感ずるようにきび・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・松原が浜の突角に蒼く煙ってみえた。昔しの歌にあるような長閑さと麗かさがあった。だがそれはそうたいした美しさでもなかった。その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来へあがってみると、高台の方には、単調な松原のなかに、別荘や病院・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・頭だけが大きく浮き上り、頂上がひどく突角って髪が疎らで頭の地が赤味を帯んでいるのである。実物の春夫氏の頭はよく見て知っているにも拘らず、実物とは全く変っている夢の中のその無気味な頭を、誰だかこれが春夫氏の頭だ頭だとしきりに説明をするのである・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
出典:青空文庫