・・・……窈窕たるかな風采、花嫁を祝するにはこの言が可い。 しかり、窈窕たるものであった。 中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜らしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、微な元結のゆらめきである。 耳許も清らかに・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・そこには一種のなんとなく窈窕たる雰囲気があったことを当時は自覚しなかったに相違ないが、かなりに鮮明なその記憶を今日分析してみてはじめて発見するのである。粥釣りが子供ばかりでなくむしろおとなによって行なわれたかと思わるる昔ではこうした雰囲気が・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ランスロットはただ窈窕として眺めている。前後を截断して、過去未来を失念したる間にただギニヴィアの形のみがありありと見える。 機微の邃きを照らす鏡は、女の有てる凡てのうちにて、尤も明かなるものという。苦しきに堪えかねて、われとわが頭を抑え・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・淑貞の窈窕たる体には活溌な霊魂が投げ入れられて、豊満になった肉体とともに、冗談を云う娘となって来た。 二十八年間を中国に暮したC女史にとって、故郷の天気は却って体に合わなくなっている。C女史はものうくベッドにもたれていた。軽快な足どりで・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫