横浜。 日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。 更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が、息苦しいくらい支配していた。その・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・もう一つは窓掛けだ。織物ではあるが秋草が茂っている叢になっている。またそこには見えないが、色づきかけた銀杏の木がその上に生えている気持。風が来ると草がさわぐ。そして、御覧。尺取虫が枝から枝を葡っている。この二つをおまえにあげる。まだ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・自分はこれを聞きながら窓掛けの外に輝く南国の日光を見つめているうちに、不思議な透明なさびしさといったようなものに襲われたのであった。 ナポリへ帰って、ポーシリッポの古城もただ外から仰いで見ただけで船へ帰ると、いろいろの物売りが来ていた。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ちょうどそのころに枕もとのガラス窓――むやみに丈の高い、そして残忍に冷たい白の窓掛けをたれた窓の外で、キュル、キュル/\/\と、糸車を繰るような濁ったしかし鋭い声が聞こえだす。たぶんそれは雀らしい。いったいこの寒い夜中をどんな所にどうして寝・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗りの戸棚と、寝台の頭部に光る真鍮の金具のほかには何もない、陰鬱に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫