・・・…… 暖い日向は、白い寝台掛布の裾を五寸ばかり眩ゆい光に燦めかせて窓際の床の一部に漂っている。 彼は明るさや、静けさ暖かさの故で平和な、楽しい感情に満された。今日が降誕祭だと云うことも、宴会を断ったことも、彼自身が病気だと云うことさ・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・老人は、彼等のところからは見えない反対の窓際に一人去った。二人は一寸食堂の中央に立ち澱んで四辺を見廻した後、丁度彼等の真隣りに席をとった。二人とも中年のアメリカ人、やはり商人だということは一目で判ったが、同時に彼等は何となく人の注意――好奇・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・ ズンズン窓際へ行って河を眺めた。 ――こんなに景色のいい室はそうないんだ。僕んとこから要塞なんか見えない。 ――ね、Nさん! エレーナ・アレクサンドロヴナはNを呼んだ。 ――まだ朝飯あがってないんでしょう? ――停・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ そういう或る日、塵くさい木造建物の二階の窓際で髪を梳かし、少しさっぱりした心持になって不図わきを見ると、二三冊の本と一緒に「ローザの手紙」という茶色表紙の本が目に入った。 手にとって見ると、ローザ・ルクセンブルグがヨーロッパ大戦中・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・ 軈て、書庫に導かれた。窓際の硝子蓋の裡に天正十五年の禁教令出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、切支丹ころびに関する書類、有名なフェートン号の航海日誌、ミッション・プレス等。左の硝子箱に、シーボルト着用の金モウル附礼・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・前の方に坐っていて、黒板の前に呼び出されては大変だと思って、いつも後の窓際に小さくなって控えているけれども、国語の時となると、気ものうのうとし、楽しく、先生と睨み合うように意気込んで、二時間をすますのである。子供の自信や、無力でしょげた感じ・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・ロザリーは、学校を終ったばかりのヒルダから初歩の学課を習い始めているのですが、ヒルダは、ロザリーにお稽古帳をあずけたまま、姉のフロラと窓際で、ひそひそ何か話しています。ロザリーは、どうも落附かなく、先生を傍にとられ、物足りません。自分からヒ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・ 自分は黙って、窓際の長卓子の彼方に坐り、正面から三人を見る位置になった。 対等で、真面目に話し合わず、母は気位を以て亢奮し、Aは涙を出し、父が、誘われたようにして居られる光景は、充分私の心を痛めるものだ。 Aが「斯う云う風・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 北向きの三畳が多喜子の家では仕事部屋になっていて、東の高窓際にミシンがおかれ、仕事テーブル、アイロン台と、順に低い一間の明り窓に沿って並んでいる。赤い三徳火鉢に炭団を埋めたのを足煖炉代りにして、多喜子はもって帰った尚子の仮縫いの服の仕・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・藍子はそれを下げて、窓際へ行った。「――。千束の人ですか」「ええ、そうです」 尾世川は、やっぱり照れたような具合で熱心に云った。「どうも困っちゃったんです。妙な嫌疑なんかかけやがるから」「どうしたんです、本当に御存じない・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫