・・・私たちは、いつでもおっかなびっくりで、心の中で卑怯な自問自答を繰りかえし、わずかに窮余のへんてこな申し開きを捏造し、責任をのがれ、遊びの刑罰を避けようと致しますから、ちょっとの遊びもたいへんいやらしく、さもしく、けちくさくなってしまいます。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・そう考えるより他は無いと、私は窮余の断案を下して落ち附こうとしたが、やはり、どうにも浮かぬ気持ちであった。ひょいと前方の薄暗い海面をすかし眺めて、私は愕然とした。実に、意外な発見をしたのだ。誇張では無く、恐怖の感をさえ覚えた。ぞっとしたので・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・なんにもないので、私の窮余の一策なんですよ」と、私は、ありのまま事実を、言ったつもりなのに、今井田さん御夫婦は、窮余の一策とは、うまいことをおっしゃる、と手を拍たんばかりに笑い興じるのである。私は、口惜しくて、お箸とお茶碗ほおり出して、大声・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・けれども君を、このままむなしく帰らせるのも心苦しくて、謂わば、窮余の一策として、こんな貧弱なアルバムを持ち出したというわけだ。元来、私は、自分の写真などを、人に見せるのは、実に、いや味な事だと思っている。失敬な事だ。よほど親しい間柄の人にで・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・あわれな窮余の一策である。私は、とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。夜は、その微笑が見えないかもしれないから、無邪気に童謡を口ずさみ、やさしい人間であることを知らせようと努めた。これらは、多・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・この時にあたり、私は窮余の一策として、かの安宅の関の故智を思い浮べたのである。弁慶、情けの折檻である。私は意を決して、友人の頬をなるべく痛くないように、そうしてなるべく大きい音がするように、ぴしゃん、ぴしゃんと二つ殴って、「君、しっかり・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 窮余の一策は辛うじて案じ出された。わたしは何故久しく筐底の旧稿に筆をつぐ事ができなかったかを縷陳して、纔に一時の責を塞ぐこととした。題して『十日の菊』となしたのは、災後重陽を過ぎて旧友の来訪に接した喜びを寓するものと解せられたならば幸・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・或は此腐儒説の被保人等が窮余に説を作りて反対を試みんとすることもあらんか、甚だ妙なり。我輩は満天下の人を相手にしても一片の禿筆以て之を追求して仮す所なかる可し。左れば此旧女大学の評論、新女大学の新論は、字々皆日本婦人の為めにするものにして、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫