・・・強いてやっていけるにしても、それよりも就職して収入を増し、家庭の窮迫を救いたくなるであろう。そしてそのことはまた家庭の団欒と母性愛を損じる。 職業か結婚かの問題は普通の婦人の場合結婚せずして幸福であり得るはずはない。結婚生活の窮乏に堪え・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・そして、独歩自身は多く窮迫の生活をしたにかゝわらず、階級的には支配階級の立場に立っていた。その階級的制約が、水兵たち下級の生活に注意を向けることを妨げたのであろう。「酒中日記」の如き、日清戦争後の軍人が、ひどく幅をきかした風潮を、皮肉り・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・私欲のために謀殺される。窮迫のために自殺する。今の人間の命の火は、油がつきて滅するのでなくて、みな烈風に吹き消されるのである。わたくしは、いま手もとに統計をもたないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも、年々幾万にのぼるか知れないのである。・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・紛々として死に失せるのである、独り病気のみでない、彼等は餓死もする、凍死もする、溺死する、焚死する、震死する、轢死する、工場の器機に捲込れて死ぬる、鉱坑の瓦斯で窒息して死ぬる、私慾の為めに謀殺される、窮迫の為めに自殺する、今の人間の命の火は・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 一昨年、私は家を追われ、一夜のうちに窮迫し、巷をさまよい、諸所に泣きつき、その日その日のいのち繋ぎ、やや文筆でもって、自活できるあてがつきはじめたと思ったとたん、病を得た。ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・何とかして窮迫した生計の血路をひらかなければいけない。 私は或る出版社から旅費をもらい、津軽旅行を企てた。その頃日本では、南方へ南方へと、皆の関心がもっぱらその方面にばかり集中せられていたのであるが、私はその正反対の本州の北端に向って旅・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・船長と事務長とをさんざん窮迫したけれど既往の事は仕方がない。何でも人夫どもに水を飲ませるのが悪いというので、水瓶の処へ番兵を立てる事になった。自分は足がガクガクするように感ぜられて、室に帰って寐ると、やがて足は氷の如く冷えてしもうた。これは・・・ 正岡子規 「病」
・・・ 目撃したK部落の窮迫の現象から、彼は、猛然と「畑へ」「種子」をおろそうと決心した。部落は自作農ばかりだから、闘争組織は農民委員会であると規定し、「僕はいよいよ実行運動に入ろう」「時はあたかもウンカ問題で村会とこじれている」「やさしくな・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・丸公が値上げになったために一般家計が窮迫しはじめたのも昨年中のことです。 寿産院にあずけられた子供が正当な出生の子供でないということが、まるで子供が殺されても仕方がなかったというようにあげられています。しかしあの中には正当な結婚から生れ・・・ 宮本百合子 「“生れた権利”をうばうな」
・・・ いつものように二人が聴き手で、照子は、京都で三月程、ひどく窮迫した生活を仕た経験談をした。「じゃあ折角の京都も見物どころじゃあなかったわね」「――ところがね、私はそんな中でも遊ぶことは随分遊びましたよ、嵐山へも行ったし、奈良へ・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
出典:青空文庫