・・・ 三人とも振返ると、町並樹の影に、その頸許が白く、肩が窶れていた。 かねて、外套氏から聞いた、お藻代の俤に直面した気がしたのである。 路地うちに、子供たちの太鼓の音が賑わしい。入って見ると、裏道の角に、稲荷神の祠があって、幟が立・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・姿も顔も窶れたから、ちと老けて見えるのであろうも知れぬ。綿らしいが、銘仙縞の羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切れのした前垂を〆めて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱の鹿子の下〆なり・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……御修業中の欣さんに心配を掛けてはならないと何にも言わずにいたんです。窶れた顔を見て下さい。お友、可哀想に、ふびんな、とたった一言。貴女がおっしゃって下さいまし。お位牌を抱けば本望です。手も清めないで、失礼な、堪忍して下さいまし。心が乱れ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・年紀の頃は十九か二十歳、色は透通る程白く、鼻筋の通りました、窶れても下脹な、見るからに風の障るさえ痛々しい、葛の葉のうらみがちなるその風情。 八 高が気病と聞いたものが、思いの外のお雪の様子、小宮山はまず哀れさが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・台石から取って覆えした、持扱いの荒くれた爪摺れであろう、青々と苔の蒸したのが、ところどころむしられて、日の隈幽に、石肌の浮いた影を膨らませ、影をまた凹ませて、残酷に搦めた、さながら白身の窶れた女を、反接緊縛したに異ならぬ。 推察に難くな・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・軒下には窶れた卅五六の女が乳飲児を負って悄然と立って車について行く処であった。其の日から、其の家の戸が閉って貸家となった。何処に行ったか知らない。『あの乳飲児は、誰の児だろうか?』と私は考えた。・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・と立ちすくんだ。窶れているが、さすがに化粧だけは濃く、「ダイス」のマダムであった。「――どないしてはりましたの」「どないもしてないが……」「痩せはりましたな」「そういうあんたも少し」「痩せてスマートになりましたやろ」・・・ 織田作之助 「世相」
・・・不憫なほど窶れきった父の死にぎわの面影が眼に刻まれていたが、汽車に乗りこんで私たちはややホッとした気持になった。もうあとは簡単に葬ってきさえすればいいのだ――がさすがに食堂へ行って酒を飲んでくる気にもなれず、睡っておきたいと思いながら睡れも・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 閉店同様のありさまで、惣治は青く窶れきった顔をしていた。そしてさっそくその品物を見せるため二階へ案内した。 周文、崋山、蕭伯、直入、木庵、蹄斎、雅邦、寛畝、玉章、熊沢蕃山の手紙を仕立てたもの、団十郎の書といったものまであった。都合・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・信子は窶れの見える顔を、意味のある表情で微笑ませた。――娘むすめした着物を着ている。それが産み日に近い彼女には裾がはだけ勝ちなくらいだ。「今日はひょっとしたら大槻の下宿へ寄るかもしれない。家捜しが手間どったら寄らずに帰る」切り取った回数・・・ 梶井基次郎 「雪後」
出典:青空文庫