・・・の号令があったことに気づいて自分も立ち上る。 敵愾心を感じたり、恐怖を感じたりするのは、むしろ戦闘をしていない時、戦闘が始る前である。シベリアでの経験であるが、戦闘であることを思うと、どうしても気持が荒々しくなり、投げやりになり、その日・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・ 検事が鞄をかゝえこんで、立ち上るとき云った。俺は聞いていなかった。 豆の話 俺はとう/\起訴されてしまった。Y署の二十九日が終ると、裁判所へ呼び出されて、予審判事から検事の起訴理由を読みきかせられた。それから簡・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・その血が顎から咽喉を伝って、すっかりムキだしにされて、せわしくあえいでいる胸を流れるのが分かった。立ち上ると源吉は腕で顔をぬぐつた、犬の方を見定めようとするようだった。犬は勝ち誇ったように一吠え吠えると、瞬間、源吉は分けの分らないことを口早・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・同じ市内でも地盤のつよいところとよわいところでは震動のはげしさもちがいますが、本所のような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ち上ると、ぐらぐらゆれる窓をとおして、目のまえの鉄筋コンクリートだての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くよう・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ と答えて、爺さんはベンチから立ち上る。みんな飲んでしまいなさい、と私はよっぽどかれに言ってやろうかと思った。 しかし、それからまもなく、こんどは私が、えい、もう、みんな飲んでしまおうと思い立った。私の貯金通帳は、まさか娘の名儀のも・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・最初、お照が髪を梳いて抜毛を丸めて、無雑作に庭に投げ捨て、立ち上るところがありますけれど、あの一行半ばかりの描写で、お照さんの肉体も宿命も、自然に首肯出来ますので、思わず私は微笑みました。庭の苔の描写は、余計のように思われましたけれど、なお・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・にこにこ顔で答え、机の上を綺麗に片づけ、空のお弁当箱を持って立ち上る。「お願いします」「時計をごらん、時計を」 津島は上機嫌で言って、その出産とどけを窓口の外に押し返す。「おねがいします」「あしたになさい、ね、あしたに」・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・はあ、どうぞ、と出来るだけ気軽に言って、そうして、私がベンチに腰かけたりしている時には、すぐに立ち上る事にしている。そうして、少し笑いながら相手の人の受け取り易いように私の煙草の端をつまんで差し出す。私の煙草が、あまり短い時には、どうぞ、そ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・次第に酔って、くだらなく騒ぎ、よろよろと立ち上る。 私は笑いながら、それをなだめて坐らせ、「よし、そんなら連れて来る。つまらねえ女だよ。いいか」 と言って女房と子供のいる部屋へ行き、「おい、昔の小学校時代の親友が遊びに見えて・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・すると彼はそことはだいぶ離れた後方の火口壁のところどころに立ち上る蒸気をさして「あのとおりだ」という。しかし松明を振る前にはそれが出ていなかったのか、またどれくらい出ていたのか、まるで私は知らなかったのだから、結局この松明の実験は全然無意味・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫