・・・ 奴は、旧来た黍がらの痩せた地蔵の姿して、ずらりと立並ぶ径を見返り、「もっと町の方へ引越して、軒へ瓦斯燈でも点けるだよ、兄哥もそれだから稼ぐんだ。」「いいえ、私ゃ、何も今のくらしにどうこうと不足をいうんじゃないんだわ。私は我慢を・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・旦那さま、旦那さま、今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、よく見て置いて下さいまし。私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立ってみせます。あの人を怖れることは無いんだ。卑下することは無いんだ。私はあの人と同じ年だ。同じ、すぐ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 八 鏡の中の俳優I氏 某百貨店の理髪部へはいって、立ち並ぶ鏡の前の回転椅子に収まった。鏡に写った自分のすぐ隣の椅子に、半白で痩躯の老人が収まっている。よく見ると、歌舞伎俳優で有名なIR氏である。鏡の中のI氏は、実物・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・伏見人形に思い出す事多く、祭り日の幟立並ぶ景色に松蕈添えて画きし不折の筆など胸に浮びぬ。山科を過ぎて竹藪ばかりの里に入る。左手の小高き岡の向うに大石内蔵助の住家今に残れる由。先ずとなせ小浪が道行姿心に浮ぶも可笑し。やゝ曇り初めし空に篁の色い・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・とある杉垣の内を覗けば立ち並ぶ墓碑苔黒き中にまだ生々しき土饅頭一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人と稚き女の子一人、いずれも身なり賤しからぬに白粉気なき耳の根色白し。墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・狭い道は薄暗く、平家建の小家が立並ぶ間を絶えず曲っているが、しかし燈火は行くに従つて次第に多く、家もまた二階建となり、表付だけセメントづくりに見せかけた商店が増え、行手の空にはネオンサインの輝きさえ見えるようになった。 わたくしはふと大・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・わたくしはこれを読むと共に、俄にその言うがごとく、秋のながれに添うて小松川まで歩いて見ようと思い、堀割の岸づたいに、道の行くがまま歩みつづけると、忽ち崩れかかった倉庫の立並ぶ空地の一隅に、中川大橋となした木の橋のかかっているのに出会った。・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・しかしその折にはまだ裏手の通用門から拝観の手続きをなすべき案内をも知らなかったので、自分は秋の夜の静寂の中に畳々として波の如く次第に奥深く重なって行くその屋根と、海のように平かな敷地の片隅に立ち並ぶ石燈籠の影をば、廻らされた柵の間から恐る恐・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ソヴェトで工場が建ち集団農場が一つふえたということは、だから必ず同時に、そこには労働者クラブ、托児所が建ち或る場合にはごく新式の設備をもった住宅さえ立ち並ぶことを意味するのだ。 労働者クラブは、現在ソヴェトに五六四〇〇ある。 そのク・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・おいおい高層建築が立ち並ぶに従って、部分的には堂々とした通りもできあがって来た。全体としては恐ろしく乱雑な、半出来の町でありながら、しかもどこかに力を感じさせる不思議な都会が出現したのである。 この復興の経過の間に自分を非常に驚かせたも・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫