・・・私だけの注文を言えば、書店の店頭の大きな立て札もやめてもらいたいくらいである。そのかわりにまじめな信用のできる紹介機関がほしい。なるべく公平な立場からあらゆる出版物を批評して、読者のために忠実な指導者となるものがあってほしい。これは完全を望・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ということが新聞で報ぜられた。翌日この劇場前を通ったら、なるほど、すべての入り口が閉鎖され平生のにぎやかな粧飾が全部取り払われて、そうして中央の入り口の前に「場内改築並びに整理のために臨時休業」という立て札が立っている。 近傍一帯が急に・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・その周囲の芝生に立ち入るなと書いた明白な立て札はあるが、事実は子供も大供も中供もやはり芝生に立ち入って水の面をのぞかなければ気が済まないのである。これもたしかに設計が悪いと言われなければならないのがいわゆる時代の推移であろう。二十年前だった・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ ところが、九月の末のある日曜でしたが、朝早く私が慶次郎をさそっていつものように野原の入口にかかりましたら、一本の白い立札がみちばたの栗の木の前に出ていました。私どもはもう尋常五年生でしたからすらすら読みました。「本日は東北長官一行・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・と見える。花じるしばかりで顔や眼のない人間の群は眺めていて悲しみを感じさせた。 善光寺では本堂の横手に「十銭から御普請のお手伝いを願います」と立札を立てている。お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ニコライの鐘楼と丸屋根が美しく冬日に輝いて、霜どけの花壇では薬草サフランと書いた立札だけが何にも生えていない泥の上にあった。由子はうっとり――思いつめたような恍惚さで日向ぼっこをした。お千代ちゃんは眩しそうに日向に背を向け、受け口を少しばか・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 何年もその家はそこに在って、二階の手摺に夜具が乾してあるのが往来から見えたりしていたが、昨年の初めごろ、一つの立札がその門前に立てられた。 梅時分になると、よく新宿駅などに、どこそこの梅と大きい鉢植えの梅の前に立てられている、ああ・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・としても、根本矛盾がそのままでは、また、たちまち悲劇は反復です。きょうの往来を歩くと、到るところ「スリが狙ってる!」と立て札があります。あれをみて戦争中、「スパイ御用心!」と到るところに貼られていたポスターを思い出さない人があるでしょうか。・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ 彼等は、元湯共同浴場と立札のあるところへつき当った。道が二筋にそこで岐れている。「どっち?」 眺め廻し、なほ子は苦笑しつつ、「さあ、分らなくなっちゃったわ」と云った。「右じゃないかしら」 彼等の先へ、二人連れの・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・公園の入口にはウインネッケ彗星大歓迎会 音楽と映画の夕べと云う立て札が出て居る。 円たく、パッカード、セダンの硝子扉の中に白粉をつけた娘の頸足が見える。赤い毛糸帽が自転車でとぶ。 荷馬車が二台ヨードをとる海藻をのせて横切る。 男・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫