・・・ やはり浦上の山里村に、おぎんと云う童女が住んでいた。おぎんの父母は大阪から、はるばる長崎へ流浪して来た。が、何もし出さない内に、おぎん一人を残したまま、二人とも故人になってしまった。勿論彼等他国ものは、天主のおん教を知るはずはない。彼・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 泣いてる中にクララの心は忽ち軽くなって、やがては十ばかりの童女の時のような何事も華やかに珍らしい気分になって行った。突然華やいだ放胆な歌声が耳に入った。クララは首をあげて好奇の眼を見張った。両肱は自分の部屋の窓枠に、両膝は使いなれた樫・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・童男、童女二人。よろず屋の亭主。馬士一人。ほかに村の人々、十四五人。候 四月下旬のはじめ、午後。――第一場場面。一方八重の遅桜、三本ばかり咲満ちたる中に、よろず屋の店見ゆ。鎖したる硝子戸に、綿、紙、・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・四五歳の童子や童女達であった。「見てやしないだろうな」と思いながら堯は浅く水が流れている溝のなかへ痰を吐いた。そして彼らの方へ近づいて行った。女の子であばれているのもあった。男の子で温柔しくしているのもあった。穉い線が石墨で路に描かれて・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「善」の段階に比例して、下級のものから取り扱っていった。最低位に「継母」があり、「鬼女」「淫女」等がこれに次ぎ、「淑女」「貴婦人」「童女」「天女」等とさかのぼり、最高の段階に聖母が位した。そして種々の聖母像の中で、どの聖母が最も美しいかを定・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・イマハ山中、イマハ浜、――童女があわれな声で、それを歌っているのが、車輪の怒号の奥底から聞えて来るのである。 祖国を愛する情熱、それを持っていない人があろうか。けれども、私には言えないのだ。それを、大きい声で、おくめんも無く語るという業・・・ 太宰治 「鴎」
・・・けれども、吠え狂うような、はしたない泣き方などは決してしない。童女のような可憐な泣き方なので、まんざらでない。 しかし、たった一つ非常な難点があった。彼女には、兄があった。永く満洲で軍隊生活をして、小さい時からの乱暴者の由で、骨組もなか・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ おしまいの方の部屋の隅に、女の子の小さな像が一枚かかっていた。童女は黒地に赤い縞の洋服を着て、右の手に花を一輪もっている。一目見ただけで妙な気がした。これはこの会場にふさわしくないほど、物静かな、しんみりとした気持のいい絵であると思っ・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・の幻覚を思い出しながら、この次にいついかなる思いもかけぬ時と場所で再びこの童女像にめぐり会うであろうかという可能性を、さじの先でかき回しながら一杯の不二家のコーヒーをすするのである。・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・油絵の額を店に並べて、美しく化粧をした童女の並んでいる家がところどころにある。みんな娼楼だという。芸妓が輿に乗って美しい扇を開いて胸にかざしたのが通る。輿をささえる長い棒がじわじわしなっていた。活動写真の看板に「電光彩戯」と書いてある。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫