・・・筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆が、跣足で雪の中に突っ立ちました。(内へ怪と顔色、手ぶりで喘いで言うので。……こんな時鉄砲は強うございますよ、ガチリ、実弾・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・高瀬は頬冠り、尻端折りで、股引も穿いていない。それに素足だ。柵の外を行く人はクスクス笑って通った。とは言え高瀬は関わず働き始めた。掘起した土の中からは、どうかすると可憐な穎割葉が李の種について出て来る。彼は地から直接に身体へ伝わる言い難い快・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・人物さえ確かなら、どんな人とでも手を組んで、尻端折りでやるつもりですよ。私はもう今までのような東京の人では駄目だと思って来ました」「そうかい」 その時、新七は思わず長話をしたという風で、母の側を離れようとした。立ちがけに、広瀬さんが・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・連れの職工から、旦那とか色男とか言われた手前もあり、もう、どうしたらいいか、表面は何とかごまかし、泣き笑いして帰りましたが、途中で足駄の横緒を踏み切って、雨の中をはだしで、尻端折りして黙々と歩いて、あの時のみじめな気持。いま思い出しても身震・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・と晴れていたので、私は友人とわかれてバスに乗り御坂峠を越えて甲府へ行こうとしたが、バスは河口湖を過ぎて二十分くらい峠をのぼりはじめたと思うと、既に恐ろしい山崩れの個所に逢着し、乗客十五人が、おのおの尻端折りして、歩いて峠を越そうと覚悟をきめ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・頭を綺麗に剃り小紋の羽織に小紋の小袖の裾を端折り、紺地羽二重の股引、白足袋に雪駄をはき、襟の合せ目をゆるやかに、ふくらました懐から大きな紙入の端を見せた着物の着こなし、現代にはもう何処へ行っても容易には見られない風采である。歌舞伎芝居の楽屋・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫