・・・私は二階の机に凭れてK君に端書を書いていた。端書の面の五分の四くらいまで書くと、もう何も書く事がなくなったので、万年筆を握ったまま、しばらくぼんやり、縁側の手欄越しに庭の楓樹の梢を眺めていた。すると私のすぐ眼の前に突き出ている小枝に簑虫のぶ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・岡崎賢七とか云う人と同室へ入れられ、宅へ端書したゝむ。時計を見ればまだ三時なり。しかし六時の急行に乗る積りなれば落付いて眠る間もなかるべしと漱石師などへ用もなき端書したゝむ。ラムネを取りにやりたれど夜中にて無し、氷も梨も同様なりとの事なり。・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ それでも彼が二十六の歳に学校を卒業してどうやら一人前になってから、始めて活版刷の年賀端書というものを印刷させた時は、彼相応の幼稚な虚栄心に多少満足のさざなみを立てたそうである。しかし間もなくそれが常習的年中行事となると、今度はそれが大・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・日本やドイツの誰彼に年賀の絵端書を書きながら罎詰のミュンシナーを飲んでいるうちに眠くなって寝てしまった。 明くれば元旦である。ヴェスヴィオ行きの準備をして玄関へ出ると、昨日のポルチエーが側へ来て人の顔を見つめて顔をゆがめてそうして肩をす・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・と云って見学をすすめておいたが、その後の端書によるとやはり見に行ったそうである。それ以来逢わぬからまだこの人のレビュー観を詳らかにすることが出来ない。 数日たった後に帝劇で映画の間奏として出演しているウィンナ舞踊団を見た。アメリカのと比・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・返事には端書が一枚来た。その文句は、有難う、いずれ拝顔の上とか何とかあるだけで、すこぶる簡単かつあっさりしていた。ちっとも「其面影」流でないのには驚いた。長谷川君の書に一種の風韻のある事もその時始めて知った。しかしその書体もけっして「其面影・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・そうして三重吉へ端書をかいた。「家人が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。 自分は、これを投函して来い、そうしてその鳥・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔をわざわざ寄せて意外の褒辞を賜わった事がある。自分が書いたものが斯んな見ず知らずの人から同情を受けて居ると云う事を発見するのは非常に難有い。今出版の機を利用して是等の諸君に向って一言感・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
出典:青空文庫