・・・甚太夫は竹刀を執って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流の剣術を指南している瀬沼兵衛が相手になった。甚太夫は指南番の面目を思って、兵衛に勝を譲ろうと思った。が、勝を譲ったと云う事が、心あるものには分るように、手際よく負・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・一たび二人の竹刀の間へ、扇を持って立った上は、天道に従わねばなりませぬ。わたくしはこう思いましたゆえ、多門と数馬との立ち合う時にも公平ばかりを心がけました。けれどもただいま申し上げた通り、わたくしは数馬に勝たせたいと思って居るのでございます・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ことに点呼当日長髪のまま点呼場へ出頭した者は、バリカンで頭の半分だけ刈り取られて、おまけに異様な姿になった頭のままグランドを二十周走らされ、それが終ると竹刀で血が出るくらいたたかれるらしいという噂は、私を呆然とさせた。東京にいる友人からの手・・・ 織田作之助 「髪」
・・・勿論その間に、俺は二三度調べに出て、竹刀で殴ぐられたり、靴のまゝで蹴られたり、締めこみをされたりして、三日も横になったきりでいたこともある。別の監房にいる俺たちの仲間も、帰えりには片足を引きずッて来たり、出て行く時に何んでもなかった着物が、・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・撃剣でも竹刀の打ち込まれる電光石火の迅速な運動に、この同じ手首が肝心な役目を務めるであろうということも想像されるであろう。 こんな話を偶然ある軍人にしたら、それはおもしろいことであると言ってその時話して聞かせたところによると、乗馬のけい・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・曾祖父は剣道の師範のような事をやっていて、そのころはかなり家運が隆盛であったらしい。竹刀が長持ちに幾杯とかあったというような事を亮の祖母から聞いた事がある。 亮の父すなわち私の姉の夫は、同時にまた私や姉の従兄に当たっている。少年時代には・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・「そこで、その、相手が竹刀を落したんだあね。すると、その、ちょいと、小手を取ったんだあね」「ふうん。とうとう小手を取られたのかい」「とうとう小手を取られたんだあね。ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・おまけに竹刀でバシバシと、すこたんを遠慮なしに打ん殴りやがったっけ。ああなると意気地のねえもんだて、息がつけねえんだからな。フー、だが、全く暑いよ」 彼は、待合室から、駅前の広場を眺めた。 陽光がやけに鋭く、砂利を焙った。その上を自・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ ドズンと、竹刀で床を突いた。長い竹刀はちゃんとさっきからその男の横の羽目に立てかけてある。「共産党との関係を云えッ」「――そういきなり呶鳴ったって、何が何だか分りゃしない」 そう自分は云った。「それはどういうことなんで・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・大腿のところに、木刀か竹刀かで、内出血して、筋肉の組織がこわされるまで擲り叩いて重吉を拷問した丁度その幅に肉が凹んでいて、今も決して癒らずのこっているのであった。 四 腰かける高いテーブルで、重吉が書きものをし・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫