・・・と決意して、まず女房を一つ殴って家を飛び出し、満々たる自信を以て郷試に応じたが、如何にせん永い貧乏暮しのために腹中に力無く、しどろもどろの答案しか書けなかったので、見事に落第。とぼとぼと、また故郷のあばら屋に帰る途中の、悲しさは比類が無い。・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ なに、答案は簡単である。猟夫を恐怖したのは、兎の目では無くして、その兎の目を保有していた彼女である。兎の目は何も知らない。けれども、兎の目を保有していた彼女は、猟夫の職業の性質を知っていた。兎の目を宿さぬ以前から、猟夫の残虐な性質に就・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・いま仮りに四つの答案を提出してみる。そのひとは所謂貴族の生れで、美貌で病身で、と言ってみたところで、そんな条件は、ただキザでうるさいばかりで、れいの「唯一のひと」の資格にはなり得ない。大金持ちの夫と別れて、おちぶれて、わずかの財産で娘と二人・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 色彩を取り去ったあとの浮世絵の中に見いだされる美の要素がいかなるものであるかを考えるのは、結局前にあげた問題の答案を求めると同じ事に帰着するのではないかと私には思われる。 黒白の切片の配置、線の並列交錯に現われる節奏や諧調にどれだ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・それでたとえばアメリカ映画における前述のレヴューの線条的あるいは花模様的な取り扱い方なども、そうした懸賞問題への一つの答案として見ることもできる。そうして、それに対して「踊る線条」のような抽象映画は一つの暗示として有用な意義をもちうるわけで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・おおぜいの生徒の中に交じって自分も一生懸命に答案をかいていた。ところが、どうしたわけか、その教場の中に例のいやなゴムの葉の強烈なにおいがいっぱいにみなぎっていて、なんとも言われない不快な心持ちが鼻から脳髄へ直接に突き抜けるような気がしていた・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ある学会で懸賞問題を出して答案を募ったが、その問題は「コップに水を一杯入れておいて更に徐々に砂糖を入れても水が溢れないのは何故か」というのであった。応募答案の中には実に深遠を極めた学説のさまざまが展開されていた。しかし当選した正解者の答案は・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ そのころ先生は時々物理の宿題を出して生徒一同から答案を徴し、そうしてそれを詳しく調べた上で一同を集めておいてその答案に対する丁寧な講評をされた。その宿題を解くのが自分には実に楽しみであった。いつか「月蝕のときに、地球の半陰影が見えない・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・試験の時に、かつて先生の引用したホーマーの詩句の数節を暗唱していたのをそっくり答案に書いて、大いに得意になったこともあった。 教場へはいると、まずチョッキのかくしから、鎖も何もつかないニッケル側の時計を出してそっと机の片すみへのせてから・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・の結果は同時に「如何に」に対する答である。それで原子のみでは分らぬ現象が知られるに至って何故という問題が起り、その結果「如何にして」の答案が上述のごとき電子の出現となったのである。しかし科学者には没交渉であるはずの物の本性に立ち入ろうとする・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
出典:青空文庫