・・・甲板に立てる船長は帽を脱して、満面に微笑を湛えつつ答礼せり。艀は漕出したり。陸を去る僅に三町、十分間にして達すべきなり。 折から一天俄に掻曇りて、どと吹下す風は海原を揉立つれば、船は一支も支えず矢を射るばかりに突進して、無二無三に沖合へ・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・丁度印刷が出来て来た答礼の葉書の上書きを五人の店員が精々と書いていた。其間に広告屋が来る。呉服屋が来る。家具屋が来る。瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積まれる。薦被りが転がり込む。鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・取って代わって派手な制服を着た男が日本に対するお世辞のような事をいうから、こっちも答礼としてドイツの科学のすぐれている点をあげてやった。服装で軍人かと思ったらフルダの市吏員であった。おりる時に握手して、機会があったら遊びに来いなどと言った。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 一日越えて、余が答礼に行った時は、不在で逢えなかった。見送りにはつい行かなかった。長谷川君とは、それきり逢えない事になってしまった。露都在留中ただ一枚の端書をくれた事がある。それには、弱い話だがこっちの寒さには敵わないとあった。余はそ・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・(銅鑼左手より、特務曹長並に兵士六、七、八、九、十 五人登場、一列、壁に沿いて行進、右隊足踏みつつ挙手の礼 左隊答礼。特務曹長「もう二時なのにどうしたのだろう、バナナン大将はまだ来ていないストマクウオッチはもう十・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・その人も答礼して壇に上ったのです。その人は大へん皮肉な目付きをして式場全体をきろきろ見下してから云いました。「今朝私どもがみなさんにさしあげて置いた五六枚のパンフレットはどなたも大抵お読み下すった事と思う。私はたしかに評判の通りシカゴ畜・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ぴたッと停った一隊に答礼する栖方の挙手は、隙なくしっかり板についたものだった。軍隊内の栖方の姿を梶は初めて見たと思った。「もう君には、学生臭はなくなりましたね。」と梶は云った。「僕は海軍より陸軍の方が好きですよ。海軍は階級制度がだら・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫