・・・ やかましく騒ぐ音が廊下にして、もう血のしみ通った三角巾で思い/\にやられた箇所を不細工に引っくゝった者が這入ってきた。どの顔も蒼く憔悴していた。 脚や内臓をやられて歩けない者は、あとから担架で運ばれてきた。「あら、君もやられた・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・三ツの担架は冷たい空気が吹き出て来る箇所を通りぬけて眼がクラ/\ッとする坑外へ出た。そこには、死者が、しょっちゅうあこがれていた太陽の光が惜しげなく降り注いでいた。死者の女房は、群集の中から血なまぐさい担架にすがり寄った。「千恵子さんの・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・丘には処々草叢があり、灌木の群があり、小石を一箇所へ寄せ集めた堆があった。それらは、今、雪に蔽われて、一面に白く見境いがつかなくなっていた。 なんでも兎は、草叢があったあたりからちょか/\走り出して来ては、雪の中へ消え、暫らくすると、ま・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・この觀測につきては夙に西人が種々の科學的研究あり、又近く橋本〔増吉〕文學士の研究もあれど、卑見を以てするに、嵎夷、暘谷は東方日出の個所を指し、南交は南方、昧谷は西方日沒の處、朔方は北方を意味し、何れもある格段なる地理的地點を指したるものなり・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・という小品の描写に、時々はッと思うほどの、憎々しいくらいの容赦なき箇所の在ることは、慧眼の読者は、既にお気づきのことと思います。作者は疲れて、人生に対して、また現実のつつましい営みに対して、たしかに乱暴の感情表示をなして居るという事は、あな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・山田君は、何よりも先に、その箇所に目をそそいで言った。「でも、光線の加減で、そんなに濃く写ったのかも知れませんよ。」私には、自信が無かった。「いや、そんな事はない。このごろ、いい薬が発明されたそうですからね。イタリヤ製の、いい薬があ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・勿論漫遊だって、身分相応にするので、見て廻らなくてはならない箇所が頗る多い。墺匈国で領事の置いてある所では、必ず面会しなくてはならない。見聞した事は詳細に書き留めて、領事の証明書を添えて、親戚に報告しなくてはならない。 ポルジイは会議の・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・無論同時に秘密警察署へも報告をいたしまして、私立探偵事務所二箇所へ知らせましたそうで。」「なるほど。シエロック・ホルムス先生に知らせたのだね。」 門番はおれの顔を見た。その見かたは慇懃ではあるが、変に思っているという見かたであった。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・こういう箇所に出くわすと自分はほっとして救われた気がするのであるが、多くの日本映画には、こうした気のする場面がはじめからおしまいまで一つもないのは決して珍しくないのである。 十一 荒馬スモーキー この映画も監督は馬に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・トリラーの箇所は数条の波線が平行して流れる。 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオの部分は概して水平な短い直線の断片が現われてそれがちょうど編隊飛行の飛行機が風に吹き散らされてでもいるような運動・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
出典:青空文庫