・・・従ってもし読者が当時の状景を彷彿しようと思うなら、記録に残っている、これだけの箇条から、魚の鱗のように眩く日の光を照り返している海面と、船に積んだ無花果や柘榴の実と、そうしてその中に坐りながら、熱心に話し合っている三人の紅毛人とを、読者自身・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 悪むものは毛虫、と高らかに読上げよう、という事になる。 箇条の中に、最好、としたのがあり。「この最好というのは。」「当人が何より、いい事、嬉しい事、好な事を引くるめてちょっと金麩羅にして頬張るんだ。」 その標目の下へ、・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の際、或は不時の不幸、特に必要な場合に限り元利金を返還するが、若し不正、不穏の行為其他により解雇する時には、返還せずというような箇条があった。たいてい、どこにでも主人が勝手にそ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・これは骨董のイヤな箇条の一つになる。 掘出し物という言葉は元来が忌わしい言葉で、最初は土中冢中などから掘出した物ということに違いない。悪い奴が棒一本か鍬一挺で、墓など掘って結構なものを得る、それが既ち掘出物で、怪しからぬ次第だ。伐墓とい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それは人類学で取扱うべき箇条が多かろう。また宗教の一部分として取扱うべき廉も多いであろう。伝説研究の中に入れて取扱うべきものも多いだろう。文芸製作として、心理現象として、その他種の意味からして取扱うべきことも多いだろう。化学、天文学、医学、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・一、かんなん汝を玉にせむ。一箇条つかんでノオトしている間に三十倍四十倍、百千ほども言葉を逃がす。S。」 月日。「前略。その後いよいよ御静養のことと思い安心しておりましたところ、風のたよりにきけば貴兄このごろ薬品注射によって束の間・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・われながら呆れて、再び日頃の汚濁の心境に落ち込まぬよう、自戒の厳粛の意図を以て左に私の十九箇条を列記しよう。愚者の懺悔だ。神も、賢者も、おゆるし下さい。 一、世々の道は知らぬ。教えられても、へんにてれて、実行せぬ。 二、万ずに依怙の・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・これがおそらくまた逆に狂人というものを定義する一つの箇条であろう。 科学というものの内容も、よく考えてみるとやはり結局は「言葉」である。もっとも普通の世間の人の口にする科学という語の包括する漠然とした概念の中には、たとえばラジオとか飛行・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 自分の五十年の生涯の記録の索引を繰って杏仁水の項を見ると、先ずこの二つの箇条が出て来る。 近来杏仁水の匂のする水薬を飲まされた記憶はさっぱりない。久しく嗅がなかった匂であったために、今このアイスクリームの匂の刺戟によって飛び出した・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
毎朝起きて顔を洗いに湯殿の洗面所へ行く、そうしてこの平凡な日々行事の第一箇条を遂行している間に私はいろいろの物理学の問題に逢着する。そうしていつも同じようにそれに対する興味は引かれながら、いつまでもそのままの疑問となって残・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
出典:青空文庫