・・・郡の小学校が何十か集って、代表児童たちが得意の算盤とか、書き方とか、唱歌とか、お話とかをして、一番よく出来た学校へ郡視学というえらい役人から褒状が渡されるのだった。そのとき私たちは、林が英語の本を読み、私が通訳するということであった。 ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・運送屋の広い間口の店先には帳場格子と金庫の間に若い者が算盤を弾いていたが人の出入りは更に見えない。鼠色した鳩が二、三羽高慢らしく胸を突出して炎天の屋根を歩いていると、荷馬の口へ結びつけた秣桶から麦殻のこぼれ落ちるのを何処から迷って来たのか痩・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 小学教育の事 三 筆算と十露盤といずれか便利なりと尋ぬれば、両様ともに便利なりと答うべし。石盤と石筆との価、十露盤よりも高からず、その取扱もまた十露盤に異ならず。かつ、筆算は一人の手にかない、十露盤は二人を要す。算の・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ 金庫だの箪笥だのを、ズラリと嵌め込みにした壁際に、帳面だの算盤だのをたくさん積み重ねた大机を引きつけて、男のような、といっても普通の男よりもっとバサバサした顔や声を持ったおばあさんが、ムンズという形容がおかしいほど適した形をして座って・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・しかし、当時の婦人の文化的な能力は、日常の帖つけ、手紙をかくに不自由しない読み書き算盤の低い範囲に止められていたから、その複雑な時代に生きる自分たち女性自身の描き手としての婦人作家は、一人も出ていない。武家時代から徳川の全時代を通じて、日本・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・彼と我れとの相違は、いわば十露盤の桁が違っているだけで、喜助のありがたがる二百文に相当する貯蓄だに、こっちはないのである。 さて桁を違えて考えてみれば、鳥目二百文をでも、喜助がそれを貯蓄と見て喜んでいるのに無理はない。その心持ちはこっち・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫