・・・その下にあるのは天工のように、石を積んだ築山である。築山の草はことごとく金糸線綉きんしせんしゅうとんの属ばかりだから、この頃のうそ寒にも凋れていない。窓の間には彫花の籠に、緑色の鸚鵡が飼ってある。その鸚鵡が僕を見ると、「今晩は」と云ったのも・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・露に光る木の実だ、と紅い玉を、間違えたのでございましょう。築山の松の梢を飛びまして、遠くも参りませんで、塀の上に、この、野の末の処へ入ります。真赤な、まん円な、大きな太陽様の前に黒く留まったのが見えたのでございます。私は跣足で庭へ駈下りまし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「築山のあとでしょう。葉ばかりの菖蒲は、根を崩され、霧島が、ちらちらと鍬の下に見えます。おお御隠居様、大旦那、と植木屋は一斉に礼をする。ちょっと邪魔をしますよ。で、折れかかった板橋を跨いで、さっと銀をよないだ一幅の流の汀へ出ました。川と・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・田はその昔、ある大名の下屋敷の池であったのを埋めたのでしょう、まわりは築山らしいのがいくつか凸起しているので、雁にはよき隠れ場であるので、そのころ毎晩のように一群れの雁がおりたものです。 恋しき父母兄弟に離れ、はるばると都に来て、燃ゆる・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 正面の築山の頂上には自分の幼少のころは丹波栗の大木があったが、自分の生長するにつれて反比例にこの木は老衰し枯死して行った。この絵で見ると築山の植え込みではつつじだけ昔のがそのまま残っているらしい。しかし絵の主題になっている紅葉は自分に・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・近寄って見ると、松の枯木は広い池の中に立っていて、その木陰には半ば朽廃した神社と、灌木に蔽われた築山がある。庭は随分ひろいようで、まだ枯れずにいる松の木立が枯蘆の茂った彼方の空に聳えている。垣根はないが低い土手と溝とがあるので、道の此方から・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ 研ぎ出したような月は中庭の赤松の梢を屋根から廊下へ投げている。築山の上り口の鳥居の上にも、山の上の小さな弁天の社の屋根にも、霜が白く見える。風はそよとも吹かぬが、しみるような寒気が足の爪先から全身を凍らするようで、覚えず胴戦いが出るほ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫