・・・唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行した、勿論愛撫や接吻が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。 或悪魔主義者 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・六章二十節以下二十六節まで、馬太伝のそれよりも更らに簡潔にして一層来世的である。隠れたるものにして顕われざるは無しとの強き教訓。十二章二節より五節まで、明白に来世的である。キリストの再臨に関する警告二つ。同十二章三十五節以下四十八節・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・私は志賀直哉の新しさも、その禀質も、小説の気品を美術品の如く観賞し得る高さにまで引きあげた努力も、口語文で成し得る簡潔な文章の一つの見本として、素人にも文章勉強の便宜を与えた文才も、大いに認める。この点では志賀直哉の功を認めるに吝かではない・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・死ということは甚だ重要だから、何か書いて残したい気持はよく判るし、せめてそれによってやがて迫る鉛のような死の沈黙の底を覗く寂しさを、まぎらわしたいという気持も判るのだが、しかし、私は「重要なことは最も簡潔に描くべし」という一種の技巧論を信じ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・何をそんなに苦労するかというと、僕は今まで簡潔に書く工夫ばかししていたので一回三枚という分量には困らぬはずだったのに、どうしても一回四枚ほしい。十行を一行に縮める今までの工夫が、こんどは一行を十行に書く努力に変って来たのだ。僕は今までの十行・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・真なるものを、簡潔に、直接とらえ来ったならば、それでよい。それに越したことがない。」もう、物語も何もあったものでない。きょうだいたちも、流石に顔を見合せて、閉口している。末弟は、更にがくがくの論を続ける。「空論をお話して一向とりとめがないけ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ わるびれる様子もなく、そうかといって、露悪症みたいな、荒んだやけくその言いかたでもなく、無心に事実を簡潔に述べている態度である。私は、かれの言葉に、爽快なものを感じたほどなのであるが、けれども、ひとの家の細いことにまで触れるのは、私は・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・それから上野が斬られて犬のようにころがるだけでなく、もう少し恐怖と狼狽とを示す簡潔で有力な幾コマかをフラッシュで見せたい。そうしないとせっかくのクライマックスが少し弱すぎるような気がする。 第二のクライマックスは赤穂城内で血盟の後復讐の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・実に簡潔で深刻に生ま生ましい記載である。蓮の葉はおそらく胎盤を指すものであろうか。こういう例は到底枚挙する暇のないことであろう。 錯綜した事象の渾沌の中から主要なもの本質的なものを一目で見出す力のないものには、こうした描写は出来ないであ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・もう少し物事を簡潔につかんで作者が何を表現しようとしているかをわかりやすくしてほしいと思う。その人の「世界」を創造してほしい。 鍋井克之。 この人の絵はわりに好きなほうであったが、近年少しわざとらしい強がりを見せられて困っている。ことし・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
出典:青空文庫