・・・ どんよりとした空に、白い昼の月が懸って灰色の雲の一重奥には、白い粉雪が一様にたまって居るのじゃああるまいかと思われる様な様子をして居る。 今年の秋は、いつになく菊をあつめたので、その霜枯れてみっともない姿が垣根にそうてズラリとなら・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・ 小村をかこんで立った山々の上から吹き下す風にかたい粉雪は渦を巻きながら横に降って私の行く手も又すぎて来た所も灰色にかすんで居るばかりだ。 私の車を引く男はもう六十を越して居る。細い手で「かじ」をしっかり握ってのろのろと歩くか歩かな・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 二十六日桑野にて、 天気は晴れて、のびかかった麦が、美くしい列になって見える、けれども北風が激しいので、一吹松林をそよがせながら、風が吹いて来ると、向うの山に積った粉雪が運ばれて来て、キラキラと光りながら、彼女の頭に降りかかっ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・私はじいっと眼を据えて白い粉雪の飛びかかる四角い処を見て居るうちに段々その四角がひろがって行き、飛び散る白いものも多くなり、それにつれて戸の鳴る音さえ、ガンガーン、ガンガーンと次第に調子をたかめて行って、はてしもなく高く騒々しくなって行く音・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・前よりも粉雪の音ははげしく炉の火はすっかり絶える。王は前よりも早くいらいらした調子に部屋を歩いて無意識にまどによる。王 おお降るわ! あの降りしきる雪の様にわしの心にも快い智恵が降りつもって呉れる事をのぞむのじゃ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・森の中に深く迷い入って困って居ながらも白銀のような粉雪を讚美するのを忘れませんでした。葉をふるいおとされて箒のようになって立って居る楢の木のしげみが段々まばらになって木こりのらしい大きながんじょうな靴のあとが見出されました。赤い唇は遠慮なく・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫