・・・ もしあの時空腹のまま、畢波羅樹下に坐っていられたら、第六天の魔王波旬は、三人の魔女なぞを遣すよりも、六牙象王の味噌漬けだの、天竜八部の粕漬けだの、天竺の珍味を降らせたかも知らぬ。もっとも食足れば淫を思うのは、我々凡夫の慣いじゃから、乳糜を・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・東京の三流の下宿屋の薄暗い帳場に、あんなヘチマの粕漬みたいな振わない顔をしたおかみさんがいますよ。あたしには、わかっている。あんなひとこそ、誰よりも一ばんお金をほしがっているんだ。慾張っているんだ。ケチなんだ。亭主よりも親よりも、お金だけを・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・その時、あなたのお弁当のおかずは卵焼きと金平牛蒡で、私の持って来たお弁当のおかずは、筋子の粕漬と、玉葱の煮たのでした。あなたは、私の粕漬の筋子を食べたいと言って、私に卵焼きと金平牛蒡をよこして、そうして私の筋子と玉葱の煮たのを、あなたが食べ・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫