・・・検事局と書いた木札を胸にかけて、乗ろうとする粗暴な群集を整理するわけにもゆかない。一私人として立てば、やはり我身をもみくしゃにされ、妻を顧みて「おい大丈夫か」といい、子の名を呼んで「乗れたか?」と叫びもするだろう。人間の姿がそこにある。今日・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・男のひとのいい分とすれば、その外見的な粗暴のかげに日本の亭主ほど女房を立てているものはないと説明される。だけれど、男の側から見かけだけは荒っぽく扱われている日本の女こそ、習俗の上で見かけの礼儀や丁寧さのこまやかな欧米の男にだまされやすいとい・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 日頃あれほど粗暴な群集も、その場からちっとも動かず、カラリと開いているドアの方に注意をこらした。「ぼーっとしているねえ、みんな」 そのうち、その電車は駛り去った。次に、又京浜が来て、私どもは、揉み込まれた。 上野へ来た。「・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・ 夫の発病によって新しい愛が妻との間にめぐむいきさつは、もっとしっくりとした筆致で描かれてよい。粗暴であった夫がやさしい夫となる、その動機に、エゴイズムがあるかないか、主人公は考えてみてよい。 「終りなき調べ」 米田鉄美 多・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・自暴自棄の粗暴であってはなりません。若し其が真の価値批判に於て高価なものであるなら、所謂現代が嘲笑する伝統に晏如として自信ある認定を与えながら、如何に喋々され、絶叫される傾向であっても、其が無価値ならば、最後の唯一人として否定し得る、其の定・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・悲しいが憎めない奈良の若者の稚気ある口真似と比較にならない、憎々しさ、粗暴さが、見物人対手の寺僧にある。彼等は、毎日毎日いつ尽きるとも知れない見物人と、飽々する説明の暗誦と、同じ変化ない宝物どもの行列とに食傷しきっているらしい。不感症にかか・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・本郷の帝国大学のある本富士警察の留置場、学校の多い西神田署の留置場などは、東京の警察の乱暴な留置場の中でも、最も看守の粗暴なところであった。帝大の学生そのほか諸学校学生で、社会科学の研究をしているくらいの青年たちと、条理において論判したら、・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・こむ乗物の中で、粗暴な群集にも乗ものそのものにもまだ馴れない重吉が、大きな体をおとなしく小づかれたり、押しつけられたりするのを見るのは辛かった。重吉は、自分が痛感する荒っぽさをひろ子の身にそえて、乗物がこむと、しきりにひろ子をかばった。今も・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・「そこでは私の前に裸にされた貪欲な人々、粗暴な本能の人々が渦巻いていた」と。 もとは師範学校の学生で職業的な泥棒であり、ひどい肺病になっているバシュキンは新顔のゴーリキイに向って雄弁に吹き込んだ。「何だい、お前は。まるで娘っ子みたい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ こういう粗暴さはゴーリキイを焦立てた。 ゴーリキイが波止場稼ぎをやめ、パン焼工場で働かねばならなくなると、状態は一層彼にとって複雑なものとなった。パン焼工場の地下室は、一日、十四時間の労働を強いた。とても学生達と会うことが出来なく・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫