・・・やはり、剣梅鉢の紋ぢらしの、精巧を極めた煙管である。 彼が新調の煙管を、以前ほど、得意にしていない事は勿論である。第一人と話しをしている時でさえ滅多に手にとらない。手にとっても直にまたしまってしまう。同じ長崎煙草が、金無垢の煙管でのんだ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・のみならず頸のまわりへ懸けた十字架形の瓔珞も、金と青貝とを象嵌した、極めて精巧な細工らしい。その上顔は美しい牙彫で、しかも唇には珊瑚のような一点の朱まで加えてある。…… 私は黙って腕を組んだまま、しばらくはこの黒衣聖母の美しい顔を眺めて・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・そして仏蘭西から輸入されたと思われる精巧な頸飾りを、美しい金象眼のしてある青銅の箱から取出して、クララの頸に巻こうとした。上品で端麗な若い青年の肉体が近寄るに従って、クララは甘い苦痛を胸に感じた。青年が近寄るなと思うとクララはもう上気して軽・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ それは極めて精巧に、細心に印刷せられたものであった。印刷局で働いて、拵え方を知っている者の仕業のようだ。一見すると使い古され、しわくちゃになっていた。しかし、よく見ると、手垢が紙にしみこんでいなかった。皺も一時に、故意につけられたもの・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ あなたはあの頃、画家になるのだと言って、たいへん精巧のカメラを持っていて、ふるさとの夏の野道を歩きながら、パチリパチリだまって写真とる対象物、それが不思議に、私の見つけた景色と同一、そっくりそのまま、北国の夏は、南国の初秋、まっかに震・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・これほど精巧な器械を捨てて顧みないのは誠にもったいないような気がする。この天成の妙機を捨てる代わりに、これを活用してその長所を発揮するような、そういう「科学の分派」を設立することは不可能であろうか。こういう疑問を起こさないではいられないほど・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・巣は小さな笊のような形をしていて、思いの外に精巧な細工である。これこそ本能的母性愛の生み出した天然の芸術であろう。 荒川が急に逆様に流れ出したと思ったら、コースがいつの間にか百八十度廻転して帰り路になっていた。 キャディが三人、一人・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。 たとえば耳の利用として次のようなことも考えられる。 すべての音は蓄音機のレコードの上に曲線として現わされる。反対にすべての週期的ないし擬週期的曲線は音とし・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・杖がつきものになっている魔法使いはたいていばあさんかじいさんであるが、しかし彼らの杖はだいぶ使用の目的が違っていて、孫悟空のなんとか棒と同様にきわめて精巧な科学的内容をもっていたものと思われる。シナの仙人の持っていた杖は道術にも使われたであ・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・ いつでも思う事ではあるが、いかに精巧をきわめた造花でも、これを天然の花に比べては、到底比較にならぬほど粗雑なものである。いつかアメリカのどこかの博物館で、有名な製作者の造ったというガラスの花を見たが、それも天然の花に比べてはまるで話に・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫