・・・このことは変質者や、精神病者の場合には一層明らかである。色情狂はたしかに卑しむべきだ。そしてその卑猥の行為は疑いもなく、彼の人格に規定されている。しかし彼は道徳的評価の責に耐えるであろうか。責に耐えるとはどうしても、そうせぬことが可能であっ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ずっと以前に一度、根岸の精神病院に入れられた時の厭わしい記憶がおげんの胸に浮んだ。旦那も国から一緒に出て来た時だった。その時にも彼女の方では、どうしてもそんな病院などには入らないと言い張ったが、旦那が入れと言うものだから、それではどうも仕方・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・○芸娼妓の七割は、精神病者であるとか。「道理で話が合うと思った。」○誰か見ている。○みんないいひとだと私は思う。○煙草をたべたら、死ぬかしら。○机に向って端座し、十円紙幣をつくづく見つめた。不思議のものであった。○肉・・・ 太宰治 「古典風」
・・・どうやら私は、精神病者のあつかいを受けたようでございます。おまわりさんは、はれものにさわるように、大事に私を警察署へ連れていって下さいました。その夜は、留置場にとめられ、朝になって、父が迎えに来て呉れて、私は、家へかえしてもらいました。父は・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・被害妄想と一般に言われている心の状態は、必ずしも精神病でない。自己制御、謙譲も美しいが、のほほん顔の王さまも美しい。どちらが神に近いか、それは私にも、わからない。いろいろ思いつくままに、言いました。罪の意識という事に就いても言いました。やが・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・つまり私が、わざわざ自分の病気をわるくして長引かしては密かに喜んだりする一種の精神病者に似た心理状態にあるという事を巧みに暗示すると云うよりはむしろ露骨に押しつけようというのであった。自分はQに云われる前から自分の頭の奥底にどこかこのような・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ この問題に対してなんらかの判断を下しうるためにはまず第一に動物特に象の精神病に関する充分な学識が必要であり、第二にはこの象が狂気と認められるに至った狂暴な行為に関する正確な記録の知識が必要である。第三には彼がそういう行為にいずるに至っ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・これがもう一歩進むと立派な精神病になるのだが幸いにそこまでにはならない。そうしてこういう時はちょっと風呂にでもはいって来ると全く生まれ変わったように常態に復する。 このような変化がどうして起こるかはわからないが、いちばん直接な原因はやは・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・しかしルソオは精神病になり掛かっていたらしい。私の誤訳を指摘してくれられた人達の指摘の形式は、よしや私がそれは承認するにしても、私にそれを発表することを余儀なくしてはいなかった。その形式が座談になっているのは、その席で礼を言えば済む。私信に・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・昨夜もラジオを聞いていると、街の探訪放送で、脳病院から精神病患者との一問一答が聞えて来た。そして、終りに精神科の医者の記者に云うには、「まア、こんな患者は、今は珍らしいことではありません。人間が十人集れば、一人ぐらいは、狂人が混じってい・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫