・・・縁には烏の糞が白く見えて、鰐口のほつれた紅白のひものもう色がさめたのにぶらりと長くさがったのがなんとなくうらがなしい。寺の内はしんとして人がいそうにも思われぬ。その右に墓場がある。墓場は石ばかりの山の腹にそうて開いたので、灰色をした石の間に・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・と、密と、袖を捲きながら、紅白の旗のひらひらする、小松大松のあたりを見た。「あの、大旗が濡れてはならぬが、降りもせまいかな。」 と半ば呟き呟き、颯と巻袖の笏を上げつつ、とこう、石の鳥居の彼方なる、高き帆柱のごとき旗棹の空を仰ぎながら・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂だと、女人を解いた生血と膩肉に紛うであろう、生々と、滑かな、紅白の巻いた絹。「ああ、誓願のその一、求児――子育、子安の観世音として、ここに婦人の参詣がある。」 世に、参り合わせ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 天人の舞楽、合天井の紫のなかば、古錦襴の天蓋の影に、黒塗に千羽鶴の蒔絵をした壇を据えて、紅白、一つおきに布を積んで、媚かしく堆い。皆新しい腹帯である。志して詣でた日に、折からその紅の時は女の児、白い時は男の児が産れると伝えて、順を乱す・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に、晩出の参詣を待って、お納所が、盆礼、お返しのしるしと、紅白の麻糸を三宝に積んで、小机を控えた前へ。どうです、私が引込むもんだから、お京さん、引取った切籠燈をツイと出すと、――この・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・桐の張附けの立派な箱に紅白の水引をかけて、表に「越の霙」としてある。「お前さん、こんな物を頂戴しましたよ」「そうか。いや金さん、こんなことをしておくんなすっちゃ困るね。この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なもの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・会場からまた拍手に送られて退出し、薄暗い校長室へ行き、主任の先生と暫く話をして、紅白の水引で綺麗に結ばれた紙包をいただき、校門を出ました。門の傍では、五、六人の生徒たちがぼんやり佇んでいました。「海を見に行こう。」と私のほうから言葉を掛・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・ 岩塊の頂上に紅白の布片で作った吹き流しが立っている。その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。火山に天ぷらは縁があると思えば可笑しい。 岩塊の頂で偶然友人N君の一行に逢った。その案内で程近い洞穴の底に雪のある冷泉を紹介され・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ことしは睡蓮が著しく繁殖して来た。紅白二種のうちで、白いほうが繁殖力が大きいように思われる。実際そうであるか、どうか、専門家に聞いてみなければわからない。事実はどうだか知らないが、もしそうだとすると、これは一つのおもしろい問題になりそうであ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・河畔の緑草の上で、紅白のあらい竪縞を着た女のせんたくしているのも美しい色彩であった。パヴィアから先には水田のようなものがあった。どんな寒村でも、寺の塔だけは高くそびえているのであった。 二時ごろミラノ着。ホテル・デュ・パルクに泊まる。子・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫