・・・濃黄色といったような熱色の花には単調な色彩が多くて紫青色がかったものや紅でも紫がかったものにはこうした色のかがよいとでもいったものがあるらしい。柱作りに適するローヤル・スカーレットという薔薇がある。濃紅色の花を群生させるが、少しはなれた所か・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・同じ紅色でも前記の素足の爪紅に比べるとこのほうは美しく典雅に見られた。近年日本の紅がインドへ輸出されるのでどうしたわけかと思って調べてみると婦人の額に塗るためだそうだという話をせんだって友人から聞いていたが、実例をまのあたりに見るのははじめ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 船首の突端へ行って海を見おろしていると深碧の水の中に桃紅色の海月が群れになって浮遊している。ずっと深い所に時々大きな魚だか蝦だか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。 右舷に見える赤裸の連山・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・例えば、白ばらの莟の頭の少し開きかかった底の方に、ほのかな紅色の浮動している工合などでも、そういう感じを与える。デリベレイトに狙いすましては一筆ずつ著けて行ったものだろうと想像される。そういう点で、これらの絵は、有り来りの油絵よりは、むしろ・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・それは黒い背筋の上に薄いレモン色の房々とした毛束を四つも着け、その両脇に走る美しい橙紅色の線が頭の端では燃えるような朱の色をして、そこから真黒な長い毛が突き出している。これが薔薇のみならず、萩にもどうだんにも芙蓉にも夥しくついている。これは・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・そして再び汀の血紅色の草に眼を移すと、その葉が風もないのに動いている。次第に強く揺れ動いては延び上がると思う間にいつかそれが本当の火焔に変っていた。 空が急に真赤になったと思うと、私は大きな熔鉱炉の真唯中に突立っていた。 ・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・ 艷やかな羽毛の紅色は褪せず、嘴さえルビーを刻んだようなので、内部の故障とは思い難い。丁度前の晩が霜でも下りそうに冷えたので、きっとその寒さに当たったのだろうと、夫は云う。 彼は、他のものまで凍えさせては大変だと云う風で、一も二もな・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ うす紅色の皮膚の上を、銀色の産毛がそよいで、クルクルと丸い眼、高い広い額等には、家中の者の希んで居る賢さが現われて居る。 のびにのびた髪の毛が、白い地に美事な巻毛になって居て、絹の中に真綿を入れてくくった様な耳朶の後には、あまった・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・珠みたいなものは薄紅色をしていた。…… 由子は、今も鮮やかにぽっくり珠の落ちた後の台の形を目に泛べることが出来た。楕円形の珠なりにぎざぎざした台の手が出ているのが、急に支える何ものも無くなった。それでもぎざぎざは頑固にぎざぎざしている。・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・私はブリティシュ・ミューゼアムで、ブレークの絵を見たときの印象を思い出し、ああいう特殊な世界にあってもとにかく清澄きわまる水色や焔のような紅色やで主観的な美に於ては完成していたブレークを、あんなに心酔しているY氏が、こういう重い、建築史から・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫