・・・ 空を見ると冴えた水色とすこし澱った焔のような紅色とが横だんだらに空じゅうひろがっている。何だか他の季節の夕やけのように光の暖みを感じられず 只色どりの激しさのみ感じられ、変に不安を刺戟されるような印象である。 その横まだらの空・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 私は、その或る時は派手な紅色の、或る時は黒い鍔広の婦人帽の下に、細面の、下品ではないが※四、四円。一月で百二十円! ふうむ」 三月の或る晩、私は従妹や弟と矢張り尾張町の交叉点で電車を降りた。 暫くどっちに行こうと相談した結・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・居にありながら まだ旅心失せぬ悲しさなめげなる北風に裾吹かせつゝ 野路をあゆめば都恋しやらちもなく風情もなくてはゞびろに 横たはれるも村道なれば三春富士紅色に暮れ行けば 裾の村々紫に浮・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・丁度その塊雲の下と思われる地点へさしかかると、急に船は暗い紅色の帆をあげて走って来るように見えた。それは真先ので、次の船の帆は、オリーヴ色に変色した。最後に来る一つは濡れて光る鼠色の布地を帆に張りあげているようだ。 他に船はない。 ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 真直な大きい鼻のついた紅色の顔に、碧色を帯びた眼が厳格に光っている、背の高い、いかにも美しい一人の漁師が崖下の船着きへ下りて来た。声高く優しく云った。「よくおいでやした」 このイゾートはロマーシに対して親切に、配慮ぶかく、保護・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・花びらのとがった先だけが紅色に薄くぼかされていて、あとの大部分は白色である。この手の花が最も普通であったように思う。しかし舟が、葉や花を水に押し沈めながら進んで行くうちに、何となく周囲の様子が変わってくる。いつの間にか底紅の花の群落へ突入し・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・その黄色や褐色や紅色が、いかにも冴えない、いやな色で、義理にも美しいとはいえない。何となく濁っている。爽やかさが少しもなく、むしろ不健康を印象する色である。秋らしい澄んだ気持ちは少しも味わうことができない。あとに取り残された常緑樹の緑色は、・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫