・・・――横に倒れよう――とする、反らした指に――茸は残らず這込んで消えた――塗笠を拾ったが、「お客さん――これは人間ではありません。――紅茸です。」 といって、顔をかくして、倒れた。顔はかくれて、両手は十ウの爪紅は、世に散る卍の白い痙攣・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「茸だと……これ、白痴。聞くものはないが、あまり不便じゃ。氏神様のお尋ねだと思え。茸が婦人か、おのれの目には。」「紅茸と言うだあね、薄紅うて、白うて、美い綺麗な婦人よ。あれ、知らっしゃんねえがな、この位な事をや。」 従七位は、白・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ たちまち、口紅のこぼれたように、小さな紅茸を、私が見つけて、それさえ嬉しくって取ろうとするのを、遮って留めながら、浪路が松の根に気も萎えた、袖褄をついて坐った時、あせった頬は汗ばんで、その頸脚のみ、たださしのべて、討たるるように白かっ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「え、お前様、そいつあ、うっかりしようもんなら殺られますぜ。紅茸といってね、見ると綺麗でさ。それ、表は紅を流したようで、裏はハア真白で、茸の中じゃあ一番うつくしいんだけんど、食べられましねえ。あぶれた手合が欲しそうに見ちゃあ指をくわえる・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 七 三枚ばかり附木の表へ、(一も仮名で書き、も仮名で記して、前に並べて、きざ柿の熟したのが、こつこつと揃ったような、昔は螺が尼になる、これは紅茸の悟を開いて、ころりと参った張子の達磨。 目ばかり黒い、けばけ・・・ 泉鏡花 「露肆」
出典:青空文庫