・・・…… 我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪を掻いて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮大紅蓮の土壇とも、八寒地獄の磔柱とも、譬えように口も利けぬ。ただ吹雪に怪飛んで、亡者のごとく、ふらふらと内へ戻ると、媼巫女は、台所の筵敷に居敷・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・年は二十ばかりと見えた。紅蓮の花びらをとかして彩色したように顔が美しい。わりあいに顔のはば広く、目の細いところ、土佐絵などによく見る古代女房の顔をほんものに見る心持ちがした。富士のふもと野の霜枯れをたずねてきて、さびしい宿屋に天平式美人を見・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・棘のある毒物の感じである。紅蓮、というのは当っていない。もっと凝固して、濃い感じである。いかにも、兇暴の相である。とぐろを巻いて、しかも精悍な、ああ、それは蝮蛇そっくりである。私の眉にさえ、刺されるような熱さを覚えた。火事は、異様の臭気がす・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・とゞろとひゞく牡丹かな日光の土にも彫れる牡丹かな不動画く琢磨が庭の牡丹かな方百里雨雲よせぬ牡丹かな金屏のかくやくとして牡丹かな 蟻垤蟻王宮朱門を開く牡丹かな 波翻舌本吐紅蓮閻王の口や牡丹を吐かんとす・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 何分かかかってその群落を通りぬけると、今度は紅蓮の群落のなかへ突き進んで行った。紅色が花びらの六、七分通りにかかっていて、底の方は白いのである。これは見るからに花やかで明るい。そういう紅い花が無数に並んでいるのを見ると、いかにもにぎや・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫