・・・今日の紛糾した社会情勢の中で、現実の諸事情を文学作品の中に客観的に描くことは非常に困難である。よしんば一作家がそれに充分の芸術的力量を持ち、素材も持ち、歴史の見通しを持っているとして尚その可能を疑わせる特別な事情が今日の日本に支配している。・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・この事情の相異が、文学上のリアリズムの理解を日本においては様々に紛糾せしめる結果になった。プロレタリア文学団体が、過去の創作方法の弱点を理論的に客観的に究明する時間的ゆとり、人的条件を刻々失いつつある一方、各プロレタリア作家の日常的自由は激・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ この錯雑した諸事情がからみあって、どんな紛糾を生じたかは誰にもよく想像されるであろうと思う。社会主義リアリズムの問題はそのものとして、治安維持法の改悪からひきおこされたさけがたい恐慌は恐慌として、率直明白に別な二つの問題として取扱うと・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・女学校の今日の教育は、女が平凡な肉体と平凡な日常生活の軌道をもって過してゆくためには最少限の役に立っているであろうが、一旦現実が紛糾して、例えば一人の女の体に新聞記事に仄めかされているような生理的欠陥が現れたような場合、その不幸に対して先ず・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・最近民主主義教育者協会に加えられた紛糾の折、東宝社長が都の当局者に教員資格審査委員としての圧力を加えて、反民主的な干渉をしようとしたことはひろく知られている。 日本の人民が自分たちの健康でゆたかな毎日の生活と文化を求めて努力している心は・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・性格のひどく異った父と母との間には、夫婦としての愛着が純一であればあるほど、むきな衝突が頻々とあって、今思えばその原因はいろいろ伝統的な親族間の紛糾だの、姑とのいきさつだの、青春時代から母の精神に鬱積していた女性としての憤懣の時ならぬ爆発や・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ この諍いは、ソフィヤ夫人が直接トルストイの出版者であったという事情から、益々紛糾した。今や世界のトルストイが晩年に至って書きのこす日記の一冊、一枚のメモ、それは出版経営者としてのソフィヤ夫人が洩すところなく「私の出版」に収録しようと欲・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・そこに模する本質的なものについて余り注目を深めなかったり、歪曲された功用論への是正としての芸術本質論の方法において、文学の経た歴史の刻みを逆に辿る形をより強く示めさざるを得なかったような現象は、今日の紛糾を明日へ向って勁く掴む歴史的な感覚の・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・ 前後して日本に紹介され始めた社会主義的リアリズムというものも、この混乱に際してそれを整理するよりは却って一層の紛糾をもたらすものとなった。当時の日本の文学界の心理は、この文学の新しい課題をその歴史的な背景の全部に触れて理解しようとする・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・事を一層紛糾させている他の社会的な心理は、極めて現代風の経済観念、打算が若い心にも反映していて男女とも、結婚は経済的社会的安定の基礎として計量する小ざかしさが生じていることである。男がそのような計量で恋愛をするのみか、若い女も今日では、あわ・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
出典:青空文庫