・・・ その年の暮、二ツ井戸の玉突屋日本橋クラブの二階広間で広沢八助連中素人浄瑠璃大会が開かれ、聴衆約百名、盛会であった。軽部村彦こと軽部村寿はそのときはじめて高座に上った。はじめてのことゆえむろん露払いで、ぱらりぱらりと集りかけた聴衆の・・・ 織田作之助 「雨」
・・・は大阪弁の美しさを文学に再現したという点では、比類なきものであるが、しかし、この小説を読んだある全くズブの素人の読者が「あの大阪弁はあら神戸言葉や」と言った。「細雪」は大阪と神戸の中間、つまり阪神間の有閑家庭を描いたものであって、それだけに・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・僕ら素人眼にも、どうもこの崋山外史と書いた墨色が新しすぎるようですからね」 しかし耕吉の眼には、どれもこれも立派なものばかしで、たいした金目のもののように見えた。その崋山の大幅というのは、心地よげに大口を開けて尻尾を振上げた虎に老人が乗・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・です、それこそ今のおかたには想像にも及ばぬことで、じゃんと就業の鐘が鳴る、それが田や林や、畑を越えて響く、それ鐘がと素人下宿を上ぞうりのまま飛び出す、田んぼの小道で肥えをかついだ百姓に道を譲ってもらうなどいうありさまでした。 ある日樋口・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 彼は画板の袋から二、三枚の写生を取り出して見せたが、その進歩はすこぶる現われて、もはや素人の域を脱しているようである。『どうです散歩に出ましょう、今日は何だか霞がかってまるで春のようですよ。』と小山は自分を促した。『そう、もう・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られていることは不便なことだ。そのためにレディとの交際が出来難く、触れ合う女性は喫茶ガールや、ダンサーや、すべて水稼業に近い雰囲気のものになるというこ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・たいていの妻子ある男性との結合は女性にとって、それが素人の娘であるにせよ、あるいはいわゆる囲い者であるにせよ、早晩こうした別離の分岐点に立たねばならなくなるのが普通である。そこには相互の間に涙の感謝と思い出と弁解とがあるであろうが、しかもこ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・そうして蛇口の処を見るというと、素人細工に違いないが、まあ上手に出来ている。それから一番太い手元の処を見るとちょいと細工がある。細工といったって何でもないが、ちょっとした穴を明けて、その中に何か入れでもしたのかまた塞いである。尻手縄が付いて・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そこへ素人が割込んだとて何が出来よう。今この波瀾重畳険危な骨董世界の有様を想見するに足りる談をちょっと示そう。但しいずれも自分が仮設したのでない、出処はあるのである。いわゆる「出」は判然しているので、御所望ならば御明かし申して宜しいのです。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・とうさんは、お前、素人じゃないか。」 その日は私はわざと素気ない返事をした。これが平素なら、私は子供と一緒になって、なんとか言ってみるところだ。それほど実は私も画が好きだ。しかし私は自分の畠にもない素人評が実際子供の励ましになるのかどう・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫