・・・多分好きだろうと思って、ギイの素描を見せたら、これは嫌いだと云ったのもその時ではないかと思う。それからどこかの芝居の二階で遇った事がある。その時は糸織の羽織か何か著て、髪を油で光らせて、甚大家らしい風格を備えていた。それから新思潮が発刊して・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・レンブラントの素描めいた風景が散らばっている。 黝い木立。百姓家。街道。そして青田のなかに褪赭の煉瓦の煙突。 小さい軽便が海の方からやって来る。 海からあがって来た風は軽便の煙を陸の方へ、その走る方へ吹きなびける。 見ている・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・人道主義的なマルキストであり、感傷的な文学少年、数学の出来なかったぼくは、ひどい自涜の為もあったのでしょう、学校に友達なく、全く一人で、姉、近所のW大生、小学時代の親友、兄夫婦も加えて、プリント雑誌『素描』を二年続けました。兄の運動の為、父・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 以上が、入江家の人たち全部のだいたいの素描である。もっと、くわしく紹介したいのであるが、いまは、それよりも、この家族全部で連作した一つの可成り長い「小説」を、お知らせしたいのである。入江の家の兄妹たちは、みんな、多少ずつ文芸の趣味を持・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・というものはよほど特別に八雲氏の幻想に訴えるものが多かったと見えて、この集中にも、それの素描の三つのヴェリエーションが載せられている。その一つは夫人、もう一つは当時の下婢の顔を写したものだそうである。前者の口からかたかなで「ケタケタ」という・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・そのような環境の間で十四歳になったとき、ケーテに、初めて石膏について素描することを教えたのが、ほかならぬシュミットの仕事場に働いていた一人の物わかりのいい銅版職人であったという事実は、私たちに深い感興を与える。ちょっとみれば何でもないような・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・を自ら知り、「素描」の新鮮な感性の価値を影響に研こうと欲し「女性は文学に死せず」や「皮膚をきたえん」には女性と芸術との厳しく隠微な関係さえとらえられ考えられうたわれている。 永瀬さんが今日の日本の女性の詩人として示している独特な美と力と・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・詩から小説への過程を、画家における素描の勉強に等しい散文でのスケッチで鍛錬したことは、修業の方法の最も適当な道であったろう。明治のロマンティック時代の詩人の多くは後年の荒々しい自然主義の時代に散文家として立ち得なかった。藤村が日本におけるロ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・の続篇として、一九二七年以後の二十年間の社会思想史の素描ともなる「二つの庭」、「道標」第一部、第二部がかかれ、目下第三部が執筆されている。この長篇は日本の中産階級の崩壊の過程と、その旧い歴史の中から芽ばえのびてくる次代の精神としての女主人公・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
出典:青空文庫