・・・ 舞台の人形は、藍色の素袍に、立烏帽子をかけた大名である。「それがし、いまだ、誇る宝がござらぬによって、世に稀なる宝を都へ求めにやろうと存ずる。」人形を使っている人が、こんな事を云った。語と云い、口調と云い、間狂言を見るのと、大した変り・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・木納屋の苫屋は、さながらその素袍の袖である。 ――今しがた、この女が、細道をすれ違った時、蕈に敷いた葉を残した笊を片手に、行く姿に、ふとその手鍋提げた下界の天女の俤を認めたのである。そぞろに声掛けて、「あの、蕈を、……三銭に売ったのか。・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 御厨子の前は、縦に二十間がほど、五壇に組んで、紅の袴、白衣の官女、烏帽子、素袍の五人囃子のないばかり、きらびやかなる調度を、黒棚よりして、膳部、轅の車まで、金高蒔絵、青貝を鏤めて隙間なく並べた雛壇に較べて可い。ただ緋毛氈のかわりに、敷・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫