・・・おまけに結末は女主人公の幸福を讃美しているのです。 主筆 常談でしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。 保吉 そうですか? じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張を容れてくれ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・すると或時歳時記の中に「死病得て爪美しき火桶かな」と云う蛇笏の句を発見した。この句は蛇笏に対する評価を一変する力を具えていた。僕は「ホトトギス」の雑詠に出る蛇笏の名前に注意し出した。勿論その句境も剽窃した。「癆咳の頬美しや冬帽子」「惣嫁指の・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・にいっているように、従来現存していたところの人々間の美しい精神的交渉は、漸次に廃棄されて、精神を除外した単なる物的交渉によっておきかえられるに至った。すなわち物心という二要素が強いて生活の中に建立されて、すべての生活が物によってのみ評定され・・・ 有島武郎 「想片」
・・・僕たちは寄ってたかっておまえを讃美して夜を更かすんだよ。もっともこのごろは、あまり夜更かしをすると、なおのこと腹がすくんで、少し控え気味にはしているがね。とも子 なんて讃美するの。ともの奴はおかめっ面のあばずれだって。瀬古 だが収・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・見よ、彼らの亡国的感情が、その祖先が一度遭遇した時代閉塞の状態に対する同感と思慕とによって、いかに遺憾なくその美しさを発揮しているかを。 かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければなら・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ もしも又、私が此処に指摘したような性急な結論乃至告白を口にし、筆にしながら、一方に於て自分の生活を改善するところの何等かの努力を営み――仮令ば、頽廃的という事を口に讃美しながら、自分の脳神経の不健康を患うて鼻の療治をし、夫婦関係が無意・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・あの低い松の枝の地紙形に翳蔽える葉の裏に、葦簀を掛けて、掘抜に繞らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛にも白銀の月影をこぼして溢るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜、西瓜、桃、李の実を冷して売る。…… 名代である。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・河童だい、あかんべい、とやった処が、でしゅ……覗いた瞳の美しさ、その麗さは、月宮殿の池ほどござり、睫が柳の小波に、岸を縫って、靡くでしゅが。――ただ一雫の露となって、逆に落ちて吸わりょうと、蕩然とすると、痛い、疼い、痛い、疼いッ。肩のつけも・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・紅蓮の花びらをとかして彩色したように顔が美しい。わりあいに顔のはば広く、目の細いところ、土佐絵などによく見る古代女房の顔をほんものに見る心持ちがした。富士のふもと野の霜枯れをたずねてきて、さびしい宿屋に天平式美人を見る、おおいにゆかいであっ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりも、また獣物よりも、人情があってやさしいと聞いている。私たちは、魚や獣物の中に住んでいるが、もっと人間のほうに近いのだから、人間の中に入って暮らされないことはないだろう。」と、人・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
出典:青空文庫