・・・君は、僕の家のぐるりをも、細密に偵察した。お隣りの、あのよく吠える犬が、今夜に限って、ちっとも吠えないところを見れば、君は、ゆうべ、あの犬に毒饅頭を食わせてやったにちがいない。むごいことをする奴だ。僕は、ゆうべ、塀の上から覗きこんでいる君の・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・フロベエルなど、私はよく存じませぬが、なかなか細密の写実家の様子で、シャルルがエンマの肩にキスしようとすると、と言って拒否するところございますが、あんな細かく行きとどいた眼を持ちながら、なぜ、女の肌の病気のくるしみに就いては、書いて下さらな・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・殊に自分が呱々の声を上げた旧宅の門前を過ぎ、その細密い枝振りの一条一条にまでちゃんと見覚えのある植込の梢を越して屋敷の屋根を窺い見る時、私は父の名札の後に見知らぬ人の名が掲げられたばかりに、もう一足も門の中に進入る事ができなくなったのかと思・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・著者が益々、文芸批評の本来性として在る極々の要因を、情熱の源泉として身につけて、細密にして柔軟、逞しい成長をとげてくれることを切望するのは、作家としても決して私一人ではなかろうと思っている。〔一九四〇年三月〕・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・其で、私は此から、私の出来る丈の細密な思考を廻らして、私の出来る丈公平な、出来る丈無我な態度で、私の観察し得た範囲の米国女性観を述べて行こうとするのでございます。斯様に広汎な問題を取扱う時、私共は如何うしても「一般」と云う点に其の目標を置か・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・同時に、きょうの社会現象のあれこれが、未亡人の官製全国組織に、かつて軍時貯蓄勧誘に尽力した某女史が再登場しているということまでふくめて、細密に観察され評価されてゆくことも、必要である。そして、双方ともにそれぞれの意義をもっている二つの研究に・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 幹と枝々との麗わしい均斉、軟らかな輪郭と、その密度によってところどころの変化をもつ静かな緑色の群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫