・・・黒表紙には綾があって、艶があって、真黒な胡蝶の天鵝絨の羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流のように動いて、何がなしに、言いようのない強い薫が芬として、目と口に浸込んで、中に描いた器械の図などは、ずッしり鉄の楯のように洋・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 伸上る背戸に、柳が霞んで、ここにも細流に山吹の影の映るのが、絵に描いた蛍の光を幻に見るようでありました。 夢にばかり、現にばかり、十幾年。 不思議にここで逢いました――面影は、黒髪に笄して、雪の裲襠した貴夫人のように遥に思った・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向に、若木の藤が、結綿の切をうつむけたように優しく咲き、屋根に蔭つくる樹の下に、山吹が浅く水に笑う……家ごとに申合せたようである。 記者がうっかり見愡れた時、主人が片膝を引いて、前へ屈んで、「辰さ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・道端の細流で洗濯をするのに、なよやかなどと言う姿はない。――ないのだが、見ただけでなよやかで、盥に力を入れた手が、霞を溶いたように見えた。白やかな膚を徹して、骨まで美しいのであろう。しかも、素足に冷めし草履を穿いていた。近づくのに、音のしな・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・両側の商店が、やがて片側になって、媚かしい、紅がら格子を五六軒見たあとは、細流が流れて、薬師山を一方に、呉羽神社の大鳥居前を過ぎたあたりから、往来う人も、来る人も、なくなって、古ぼけた酒店の杉葉の下に、茶と黒と、鞠の伸びたほどの小犬が、上に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・稲の下にも薄の中にも、細流の囁くように、ちちろ、ちちろと声がして、その鳴く音の高低に、静まった草もみじが、そこらの刈あとにこぼれた粟の落穂とともに、風のないのに軽く動いた。 麓を見ると、塵焼場だという、煙突が、豚の鼻面のように低く仰向い・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・その他名も知れぬ細流小溝に至るまで、もしこれをよそで見るならば格別の妙もなけれど、これが今の武蔵野の平地高台の嫌いなく、林をくぐり、野を横切り、隠れつ現われつして、しかも曲りくねって流るる趣は春夏秋冬に通じて吾らの心を惹くに足るものがある。・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺やぐみに似た赤いものが実っている、沢へ下りると細流にウォータークレスのようなものが密生し、柵囲いの中には山葵が作ってある。沢の奥の行きづまりには崩れ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・この合流点を通った後に俳諧は再び四方に分散していくつもの別々の細流に分かれたようにも思われる。 一方において記紀万葉以来の詩に現われた民族的国民的に固有な人世観世界観の変遷を追跡して行くと、無垢な原始的な祖先日本人の思想が外来の宗教や哲・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 牛込区内では○市ヶ谷冨久町饅頭谷より市ヶ谷八幡鳥居前を流れて外濠に入る溝川○弁天町の細流○早稲田鶴巻町山吹町辺を流れて江戸川に入る細流。 四谷新宿辺では○御苑外の上水堀○千駄ヶ谷水車ありし細流。 小石川区内では○植物園門前の小・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫