・・・ 元禄の頃の陸奥千鳥には――木川村入口に鐙摺の岩あり、一騎立の細道なり、少し行きて右の方に寺あり、小高き所、堂一宇、継信、忠信の両妻、軍立の姿にて相双び立つ。軍めく二人の嫁や花あやめ また、安永中の続奥の細道には――故将・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・道具だてはしないが、硝子戸を引きめぐらした、いいかげんハイカラな雑貨店が、細道にかかる取着の角にあった。私は靴だ。宿の貸下駄で出て来たが、あお桐の二本歯で緒が弛んで、がたくり、がたくりと歩行きにくい。此店で草履を見着けたから入ったが、小児の・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ そのかわり、牛が三頭、犢を一頭連れて、雌雄の、どれもずずんと大く真黒なのが、前途の細道を巴形に塞いで、悠々と遊んでいた、渦が巻くようである。 これにはたじろいだ。「牛飼も何もいない。野放しだが大丈夫かい。……彼奴猛獣だからね。・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ それにしても、今時、奥の細道のあとを辿って、松島見物は、「凡」過ぎる。近ごろは、独逸、仏蘭西はつい隣りで、マルセイユ、ハンブルク、アビシニヤごときは津々浦々の中に数えられそうな勢。少し変った処といえば、獅子狩だの、虎狩だの、類人猿の色・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・緒に結んだ状に、小菊まじりに、俗に坊さん花というのを挿して供えたのが――あやめ草あしに結ばむ――「奥の細道」の趣があって、健なる神の、草鞋を飾る花たばと見ゆるまで、日に輝きつつも、何となく旅情を催させて、故郷なれば可懐しさも身に沁みる。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・花道をかけて一条、皆、丘と丘との間の細道の趣なり。遠景一帯、伊豆の連山。画家 (一人、丘の上なる崕に咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、静にポケット・ウイスキーを傾けつつあり。――鶯遠く音を入る。二三度鶏の声。遠音に河鹿鳴く。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・そして町を離れて、野原の細道をたどる時分にはまた、彼のよい音色が、いろいろの物音の間をくぐり抜けてくるように、遠く町の方から聞こえてきました。 その翌日から、さよ子は二階の欄干に出て、このよい音色に耳を傾けたときには、ああやはりいまごろ・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 紳士は、めったに人の通らない、青田の中の細道を歩いて、右を見たり、左を見たりしながら、ときどき、立ち止まっては、くつの先で石塊を転がしたりしていました。「どこの人だろう? あんな人はこの村にいないはずだが。」と、信吉は、その人のす・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ ある日のこと、一人の旅人が、野中の細道を歩いてきました。その日は、ことのほか暑い日でした。旅人は野に立っている松の木を見ますと、思わず立ち止まりました。「なんだか、見覚えのあるような松の木だな。」 彼は、子供の時分、村はずれの・・・ 小川未明 「曠野」
ある薄ら曇りの日、ぶらぶら隣村へ歩いた。その村に生田春月の詩碑がある。途中でふとその詩碑のところへ行ってみる気になって海岸の道路を左へそれ、細道を曲り村の墓地のある丘へあがって行った。 墓地の下の小高いところに海に面し・・・ 黒島伝治 「短命長命」
出典:青空文庫