・・・門口の狭い割に馬鹿に奥行のある細長い店だから昼間なぞ日が充分射さず、昼電を節約した薄暗いところで火鉢の灰をつつきながら、戸外の人通りを眺めていると、そこの明るさが嘘のようだった。ちょうど向い側が共同便所でその臭気がたまらなかった。その隣りは・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀だった。 その日私はいつになくその店で買物をした。と・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 木村は細長い顔の、目じりの長く切れた、口の小さな男で、背たけは人並みに高く、やせてひょろりとした上につんつるてんの着物を着ていましたから、ずいぶんと見すぼらしいふうでしたけれども、私の目にはそれがなんとなくありがたくって、聖者のおもか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・水車へ水を取るので橋から少し下流に井堰がある、そのため水がよどんで細長い池のようになっている、その岸は雑木が茂って水の上に差し出ているのが暗い影を映しまた月の光が落ちているところは鏡のよう。たぶん羽虫が飛ぶのであろう折り折り小さな波紋が消え・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 彼女の細長い二本の脚は、強いばねのように勢いよくはねながら、丘を登った。「ガーリヤ! 待て! 待て!」 彼は乾麺麭を一袋握って、あとから追っかけた。 炊事場の入口へ同年兵が出てきて、それを見て笑っていた。 松木は息を切・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・跛を引きだした。細長い、長屋のように積重ねられて行く薪は、背丈けほどの高さになった。宗保は、後藤と西山とが下から両手で差上げる薪束を、その上から受け取った。彼が歩くと薪の塚は崩れそうにゆさ/\と揺れた。「ちょっと手伝えよ、そんなに日向ぼ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・あら、お前の頸のところに細長い痣がついているよ。いつ打たれたのだい、痛そうだねえ。」と云いながら傍へ寄って、源三の衣領を寛げて奇麗な指で触ってみると、源三はくすぐったいと云ったように頸を縮めて障りながら、「お止よ。今じゃあ痛くもなん・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 吉は客にかまわず、舟をそっちへ持って行くと、丁度途端にその細長いものが勢よく大きく出て、吉の真向を打たんばかりに現われた。吉はチャッと片手に受留めたが、シブキがサッと顔へかかった。見るとたしかにそれは釣竿で、下に何かいてグイと持って行・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・海浜の宿の籐椅子に、疲れ果てた細長いからだを埋めて、まつげの長い大きい眼を、まぶしそうに細めて海を見ている。蓬髪は海の風になぶられ、品のよい広い額に乱れかかる。右頬を軽く支えている五本の指は鶺鴒の尾のように細長くて鋭い。そのひとの背後には、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・あの細長い煙突は、桃の湯という銭湯屋のものであるが、青い煙を風のながれるままにおとなしく北方へなびかせている。あの煙突の真下の赤い西洋甍は、なんとかいう有名な将軍のものであって、あのへんから毎夜、謡曲のしらべが聞えるのだ。赤い甍から椎の並木・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫