・・・江戸川の終点まで電車で乗って行くだけでもなかなか遠かったと話した。「それは御苦労さま。ゆうべもお前は遅くまで起きて俺の側に附いていてくれたのい。お気の毒だったぞや」 こうおげんの方から言うと、熊吉は、額のところに手をあてて、いくらか・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 私たちの計画は、とにかくこの汽車で終点の小牛田まで行き、東北本線では青森市のずっと手前で下車を命ぜられるという噂も聞いているし、また本線の混雑はよほどのものだろうと思われ、とても親子四人がその中へ割り込める自信は無かったし、方向をかえ・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・例えばタレースは始めて金字塔の高さを測るために、塔の影の終点の辺へ小さな棒を一本立てた。それで子供にステッキを持たせて遊戯のような実験をやらせれば、よくよく子供の頭が釘付けでない限り、問題はひとりでに解けて行く。塔に攀じ上らないでその高さを・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ つまり各部門においては現在既知の知識の終点を究め、同時に未来の進路に対して適当の指針を与え得るものが先ず理想的の権威と称すべきものではあるまいか。 現在既知の科学的知識を少しの遺漏もなく知悉するという事が実際に言葉通りに可能である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・それは新しい研究という事はいくらも出来るが、しかしそれをするには現在の知識の終点を究めた後でなければ、手が出せないという事をよく呑み込まさないと、従来の知識を無視して無闇に突飛な事を考えるような傾向を生ずる恐れがある。この種の人は正式の教育・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・すなわち、ある終点からある一定時間ごとに発車する電車が、皆一様な速度で進行し、また途中の停留所でも一定時間だけ停車するように規定されたとする。もしこの規定が完全に実行されれば、その線路の上の任意の一点を電車が相次いで通過する時間間隔は、やは・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 終点へ来たとき、私たちは別の電車を取るべく停留所へ入った。「神戸は汚い町や」雪江は呟いていた。「汚いことありゃしませんが」桂三郎は言った。「神戸も初め?」私は雪江にきいた。「そうですがな」雪江は暗い目をした。 私は・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・と声をかけたので、わたくしは土地の名のなつかしさに、窓硝子に額を押付けて見たが、木も水も何も見えない中に、早くも市営電車向嶋の終点を通り過ぎた。それから先は電車と前後してやがて吾妻橋をわたる。河向に聳えた松屋の屋根の時計を見ると、丁度九時…・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・洲崎大門前の終点に来るまで、電車の窓に映るものは電柱につけた電燈ばかりなので、車から降りると、町の燈火のあかるさと蓄音機のさわがしさは驚くばかりである。ふと見れば、枯蘆の中の小家から現れた女は、やはり早足にわたくしの先へ立って歩きながら、傍・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ 東南の終点で降りると、工場街だ。広場を前にして、三階コンクリート建の国営デパートメントの大きい硝子窓がある。 木橋がある。下は鉄道線路だ。子供が四五人、木橋の段々に腰かけて遊んでいる。そこをよけて、仕事から引上げて来る労働者、交代・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
出典:青空文庫