・・・古今の英雄の詩、美人の歌、聖賢の経典、碩儒の大著、人間の貴い脳漿を迸ばらした十万巻の書冊が一片業火に亡びて焦土となったを知らず顔に、渠等はバッカスの祭りの祝酒に酔うが如くに笑い興じていた。 重役の二三人は新聞記者に包囲されていた。自分に・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・馬琴の人生観や宇宙観の批評は別問題として、『八犬伝』は馬琴の哲学諸相を綜合具象した馬琴宗の根本経典である。 三 『八犬伝』総括評 だが、有体に平たくいうと、初めから二十八年と予定して稿を起したのではない。読者の限・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・また、「後の五百歳濁悪世の中に於て、是の経典を受持することあらば、我当に守護して、その衰患を除き、安穏なることを得しめん」とも録されてある。 今の時代は末法濁悪の時代であり、この時代と世相とはまさに、法華経宣布のしゅん刻限に当っているも・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・(衆生済度傍に千万巻の経典を積んでも、自分の知識は「道徳の底に自己あり」という一言でこれを斥ける勇気を持っている。而してこの知識が私をして普通道徳の前に諦めをつけさせる、しかたがないと思わせる。それ以上、自分に取っては普通道徳は何ら崇高の意・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・アメリカ映画はヤンキー教の経典でありチューインガムやアイスクリームソーダの余味がある。ドイツ映画には数理的科学とビールのにおいがあり、フランス映画にはエスカルゴーやグルヌイーユの味が伴なう。ロシア映画のスクリーンのかなたにはいつでも茫漠たる・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 美術家は画法に囚われて自然を見なくなり、宗教家は経典に囚われて生きた人間を忘れ、学者はオーソリチーに囚われる。そして物質界を赤裸々のままで見る事を忘れる。美術家は時に原始人に立返って自然を見なければならない。宗教家は赤子の心にかえらね・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・という経典的信条のために、こういう研究がいつもいつも異端視されやすいのは誠に遺憾なことである。科学の進歩を妨げるものは素人の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深くかんがみなければならな・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・この意味でこの書は一部の貴重なる経典である。もし時代に応じて適当に釈注を加えさえすれば、これは永久に適用さるべき科学方法論の解説書である。またわれわれの科学的想像力の枯渇した場合に啓示の霊水をくむべき不死の泉である。また知識の中毒によって起・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・法 そのためで経典を誦する事がいこう巧者になりまいてのう――まんざらそんばかりもまいらなんだがまだしもの事―― ま! とどのつまり船は畑ではよう漕げぬと申す事さえ世の中の人すべてが存ずればよいのでの。王 じゃと申して水と陸に・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・仏教の祭儀の時に散らせる華は、蓮華の花びらであった。仏教の経典のうちの最もすぐれた作品は妙法蓮華経であり、その蓮華経は日本人の最も愛読したお経であった。仏教の日本化を最も力強く推し進めて行ったのは阿弥陀崇拝であるが、この崇拝の核心には、蓮華・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫