・・・「とにかく、ほかの医者にも見ておもらいなさい、私ももう二三日経過を見て見るから」「はい」「今日から薬が少し変るから、そのつもりで」「はい」 医者は帰った。お光は送り出しておいて、茶の間に帰るとそのままバッタリ長火鉢の前に・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・豹吉やお加代や亀吉がやがて更生して行くだろう経過、豹吉とお加代、そして雪子との関係、小沢と道子の今後、伊部の起ち直りの如何……その他なお述べるべきことが多いが、しかしそれらはこの「夜光虫」と題する小説とはまたべつの物語を構成するであろう。・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 何人もの人間がある徴候をあらわしある経過を辿って死んでいった。それと同じ徴候がおまえにあらわれている。 近代科学の使徒の一人が、堯にはじめてそれを告げたとき、彼の拒否する権限もないそのことは、ただ彼が漠然忌み嫌っていたその名称ばか・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 如何でしょう、以上ザッと話しました僕の今日までの生涯の経過を考がえて見て、僕の心持になって貰いたいものです。これが唯だ源因結果の理法に過ないと数学の式に対するような冷かな心持で居られるものでしょうか。生の母は父の仇です、最愛の妻は兄妹・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 五年は経過せり。しかしてわれ今再びこの河畔に立ってその泉流の咽ぶを聴き、その危厳のそびゆるを仰ぎ、その蒼天の地に垂れて静かなるを観るなり。日は来たりぬ、われ再びこの暗く繁れる無花果の樹陰に座して、かの田園を望み、かの果樹園を望むの・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 龍介の恵子に対する気持はいろいろな経過をふんでからの、それから出てきたものだった。かなり魅惑のある恵子が、カフェーの女であるということから受ける当然の事について気をもみだした、それが最初であった。彼はそういう女がいろいろゆがんだ筋道を・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・売切れのままで、二年三年経過すると、一日に一冊ずつ売れたという私の自慢も崩壊する事になる。たとえば、売切れのままで、もう十年経過すると、「晩年」は、昭和十一年から十五箇年のあいだに、たった千五百部しか売れなかったという事になる。すると、一箇・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・第二幕より、十日ほど経過。数枝、万年筆を置いて、机に頬杖をつき障子をぼんやり眺め、やがて声を立てずに泣く。間。あさ、眠りながら苦しげに呻く。呻きが、つづく。お母さん、お母さん。 ああ、(と眼ざめて深い・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 二年、三年は経過した。 この作は、『蒲団』などよりも以前に構想したものであるが、『生』を書いてしまい『妻』を書いてしまってもまだ筆をとる気になれない。材料がだんだん古く黴が生えていくような気がする。それに、新しい思潮が横溢して来た・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・十か月以上の月日がその間に経過したとはどうしても思われなかった。信州における自分というものが、東京の自分のほかにもう一つあって、それがこの一年の間眠っていて、それが今ひょっくり目をさましたのだというような気がするのであった。 このように・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫