・・・ そのころ、西国より京・江戸へ上るには、大阪の八軒屋から淀川を上って伏見へ着き、そこから京へはいるという道が普通で、下りも同様、自然伏見は京大阪を結ぶ要衝として奉行所のほかに藩屋敷が置かれ、荷船問屋の繁昌はもちろん、船宿も川の東西に数十・・・ 織田作之助 「螢」
・・・弟子は叮嚀に巻いて紐を結ぶ。 中には二三本首を傾げて注意しているようなものもあったが、たいていは無雑作な一瞥を蒙ったばかしで、弟子の手へ押しやられた。十七点の鑑定が三十分もかからずにすんだ。その間耕吉は隠しきれない不安な眼つきに注意を集・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・草も木も命をここに養い、花もこれより開き、実を結ぶもその甘き汁はすなわちこの泉なり。こは詩的形容にあらず、君よ今わが現に感ずるところなり。 昨夜までは、わが洋行も事業の名をかりて自ら欺く逃走なりき。かしこは墳墓なりき。今やしからず。今朝・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・僕らがその夜、疲れた足を踏みのばして罪のない夢を結ぶを楽しんでいる宮地という宿駅もこの窪地にあるのである。『いっそのこと山上の小屋に一泊して噴火の夜の光景を見ようかという説も二人の間に出たが、先が急がれるのでいよいよ山を下ることに決めて・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ もとより夫婦を結ぶ運命は恋愛を通してあらわれ、恋愛の心理は無意識選択のはたらきを媒介とする。しかし二人の結合を不可離的に感ぜしめる契機はこの選択になくして、かの運命にあるのだ。 私のこのような信念からは、青年学生への、実際的に有益・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ こうした深くしみ入り二世をかけて結ぶ愛の誠と誓いとは、日蓮に接したものの渇仰と思慕とを強めたものであろう。 九 滅度 身延山の寒気は、佐渡の荒涼の生活で損われていた彼の健康をさらに傷つけた。特に執拗な下痢に悩ま・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ とおげんは熊吉が編上げの靴の紐を結ぶ後方から、奥様の方へ右の手をひろげて見せた。弟が出て行った後でも、しばらくおげんはそこに立ちつくした。「きっと熊吉は俺を出しに来てくれる」 とおげんは独りになってから言って見た。 翌朝、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行と借衣言い。その袖・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・もっとも俺は、下品な育ちだから、放って置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑し給うな。これでも奥さんのお気に入りなんだからね。この実は、俺の力瘤さ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・そのうちで地味に適応したものが栄えて花実を結ぶであろう。人にすすめられた種だけをまいて、育たないはずのものを育てる努力にひと春を浪費しなくてもよさそうに思われる。それかといって一度育たなかった種は永久に育たぬときめることもない。前年に植えた・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
出典:青空文庫