・・・おまけに結末は女主人公の幸福を讃美しているのです。 主筆 常談でしょう。……とにかくうちの雑誌にはとうていそれは載せられません。 保吉 そうですか? じゃどこかほかへ載せて貰います。広い世の中には一つくらい、わたしの主張を容れてくれ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 本間さんは先方の悪く落着いた態度が忌々しくなったのと、それから一刀両断に早くこの喜劇の結末をつけたいのとで、大人気ないと思いながら、こう云う前置きをして置いて、口早やに城山戦死説を弁じ出した。僕はそれを今、詳しくここへ書く必要はない。・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・もっとも今日の保吉は話の体裁を整えるために、もっと小説の結末らしい結末をつけることも困難ではない。たとえば話を終る前に、こう云う数行をつけ加えるのである。――「保吉は母との問答の中にもう一つ重大な発見をした。それは誰も代赭色の海には、――人・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・しかし結末にはならない。おなじ廓へ、第一歩、三人のつまさきが六つ入交った時である。 落葉のそよぐほどの、跫音もなしに、曲尺の角を、この工場から住居へ続くらしい、細長い、暗い土間から、白髪がすくすくと生えた、八十を越えよう、目口も褐漆に干・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ただ何といってもわが子であるから仕方がなく結末がつかないばかりである。 おとよは心はどこまでも強固であれど、父に対する態度はまたどこまでも柔和だ。ただ、「わたしが悪いのですからどうぞ見捨てて……」とばかり言ってる。悪いと知ったら・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・殊に視力を失って単なる記憶に頼るほかなくなってからでも毫も混錯しないで、一々個々の筋道を分けておのおの結末を着けたのは、例えば名将の隊伍を整えて軍を収むるが如くである。第九輯巻四十九以下は全篇の結末を着けるためであるから勢いダレる気味があっ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ これまで新吉は書き出しの文章に苦しむことはあっても、結末のつけ方に行き詰るようなことは殆どなかった。新吉の小説はいつもちゃんと落ちがついていた。書き出しの一行が出来た途端に、頭の中では落ちが出来ていた。いや結末の落ちが泛ばぬうちは、書・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・を出ることで、議論の結末をつけることにした。「じゃ、ごゆっくり」 マダムも海老原がいるので強いて引き止めはしなかったが、ただ一言、「阿呆? 意地悪!」 背中に聴いて「ダイス」を出ると暗かった。夜風がすっと胸に来て、にわかに夜・・・ 織田作之助 「世相」
・・・私たちの生活のことを知り抜いている和尚さんたちには、こうした結末の一度は来ることに平常から気がついているのだった。行李の中には私たち共用の空気銃、Fが手製の弓を引くため買ってきた二本の矢、夏じゅう寺内のK院の古池で鮒を釣って遊んだ継ぎ竿、腰・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その全き悲しみのために、この結末の妥当であるかどうかということさえ、私にとっては問題ではなくなってしまう。しかし、はたして、爪を抜かれた猫はどうなるのだろう。眼を抜かれても、髭を抜かれても猫は生きているにちがいない。しかし、柔らかい蹠の、鞘・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
出典:青空文庫