・・・「ひどう苦しみましたか……たいした苦しみがなければ、先ず結構な方です」といった具合で、私がもうこれでお仕舞いですかと訊ねますと、まだ一日位は保つだろうと言うのでした。然し、医師を見送って行った者に向っては「あと二時間」とハッキリ宣告したとの・・・ 梶井久 「臨終まで」
この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎる・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・「お前等、えい所へ行くんじゃ云うが、結構なこっちゃ。」古い箕や桶を貰った隣人は羨しそうに云った。「うら等もシンショウをいれて子供をえろうにしといた方がよかった。ほいたらいつまでもこんな百姓をせいでもよかったんじゃ!」「この鍬をやるか・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出ておりました。神田川の方に船宿があって、日取り即ち約束の日には船頭が本所側の方に舟を持って来ている・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰、よし。変人、よし。化物、よし。古典的秩序へのあこがれやら、訣別やら、何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩く。ここに生長がある。ここに発展の路がある。称して浪・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・あんな結構な旅行を、何もあのチルナウエルにさせないでも好さそうなものだ。誰だって同じ旅行が出来たら、あの男よりは有利にそれをし遂げるだろうに。 チルナウエルの旅程が遠くなればなる程、跡に残っている連中の悪口はひどくなる。もう幾月か立った・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・その平均が得られれば、それでかなり結構な訳である。しかしもしある学級の進歩が平均以下であるという場合には、悪い学年だというより、むしろ先生が悪いと云った方がいい。大抵の場合に教師は必要な事項はよく理解もし、また教材として自由にこなすだけの力・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に靡きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・粗悪な紙に誤植だらけの印刷も結構至極と喜ぼう。それに対する粗忽干万なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼みにあんまり黙っていても悪いようなら議論のお相手もしよう。けれども要するに、それはみんな身過ぎ世過ぎである。川竹の憂き身をかこつ哥沢・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫